歯科スタッフは介護施設職員の言いなりに

こうした不正の他にも、訪問歯科には別の問題があると話すのは都内の訪問歯科で働く武田信子さん(仮名)だ。彼女も歯科衛生士として働いている。

「訪問歯科医院に高齢者施設を仲介する業者というのがいます。表向きはコンサルタントですが、高齢者施設と訪問歯科医をマッチングさせ、高齢者1名につきいくらという形で、歯科医から紹介料をとっている。高齢者施設では入居者の入れ替わりもありますから、そのたびに紹介料をとる。施設側は利用者に対して、提携している歯科医がいますと言って、紹介を行う。

高齢者施設には通常、2つくらい提携している歯科医がいますが、仲介業者が紹介した訪問歯科医を入居者に勧めるんです。本来、入居者にはどこで受診するかの選択肢があるはずです。しかし、施設側は入居者に対して、『こちらの歯科医のほうが、評判がいいですよ』とか『こちらの歯科医のほうがうちの入居者がよく利用していますよ』といった具合に特定の歯科医を選ばせるよう誘導しています。仲介業者から紹介された歯科医を選んでもらったほうが、融通が利くからです」

武田さんは、かつて現場でこんな経験をしている。

「施設職員の態度が横柄でも、お得意様ですから彼らの言いなりになっています。例えば車椅子の方を洗面台まで移動させて口腔ケアを行うとき、施設の職員が『やっておいて』と言うんです。本来私たちが利用者の方を介助することはできません。なかには車椅子の操作に慣れていない歯科医や衛生士もいます。それでも、施設の職員の『やっておいて』という命令に従わざるを得ないので、私たちがベッドから車椅子に乗せ、口腔ケアが終わったら再びベッドまで運ぶということをやったこともあります」

先の杉山さんも、施設との間でこんなトラブルがあったと打ち明ける。

「訪問診療の数日後、施設の方からものすごい剣幕で電話があり、『入居者さんの入れ歯がない』と言うのです。認知症だったようですが、その方が『歯科医が入れ歯を持っていった』と言っているそうなんですね。だけど、私たちが入れ歯を持ち帰るはずもありません。そう職員に説明しても、『全額、そちらの費用で新しく作って』と言われたこともありました。こうした入れ歯の紛失トラブルはよくあります。結局、引き出しの中で発見されたなんてこともありました」

写真はイメージです(画像/Shutterstock)
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武田さんの話によれば、訪問歯科医はとにかく数をこなすことで利益が出るといい、朝から晩まで一つの高齢者施設の入居者を診ることで稼げる仕組みだという。「歯科治療を積極的に受けたがらない方もいれば、そもそも治療の必要がない方もいます。言い方は悪いですが、そうした高齢者にも、『口腔ケアは受けたほうがいい』と施設が利用を仕向けてくれます。だから訪問歯科医側にとって施設には頭が上がらないという側面もあると思います」

もちろんルールを守り、志を持った訪問歯科医が多いのは言うまでもない。だが、彼女たちが証言したように、高齢者施設と訪問歯科医、仲介業者が、まるで高齢者を食い物にしているような例があることもまた事実である。

文/甚野博則

『介護大崩壊』(宝島社新書)
甚野博則
『介護大崩壊』(宝島社新書)
2025/4/25
1,100 円(税込)
264ページ
ISBN: 978-4299062215

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