父が言い残した「さみしさ」を探して

――美苑は小学校の同級生から「さみしいやつ」と言われ、父から最後にかけられた言葉も「さみしいね」でした。これは美苑が「さみしい」とは何かを探していく物語でもあると感じました。

上畠
 その通りです。同級生から言われた「さみしいやつ」という言葉は、人間の友達がいない美苑を憐れむ言葉であり、人間は人間とつながりたいと思うべき、という同調圧力でもあります。
 一方、父からの「さみしいね」は、美苑の心に自然に湧き起こった感情に寄り添った言葉で、美苑は物語を通して、父が言った「さみしいね」の意味を探していきます。
「人はなぜ結婚するのか」と考えた時に、「誰かと一緒にいたいから」という理由が浮かんできました。さみしいって、一緒にいたい人がそばにいないことですよね。「そば」にはいろんな種類があって、隣にいるのにさみしいこともあれば、離れてもさみしくないこともありますが、体なり心なり、相手とつながりたいと思う気持ちが「さみしさ」。だとすれば、美苑が結婚したい、もっと言えば、人間社会に属したいと思うためには、この「さみしい」と思う気持ちを知らなければいけないと思いました。

――やがて大学院生になった美苑は動物の研究に没頭する日々を送りますが、ある日、母から「半年以内に結婚しなさい」と驚愕の命が下されます。その結婚の条件が「ひとつ、相手は人間であること。ふたつ、共に暮らすこと」。人間であることはともかく、同居を結婚の条件にしたのはなぜですか。

上畠
 結婚するうえでの最大の難関が「自分以外の人間と一緒に暮らすこと」だと思うんです。生活リズムを合わせ、家事を分担し、あいさつやコミュニケーションも取らなければいけない。価値観のすり合わせや許し合うことも必要になる。ふつうの人でも難しい試みを美苑にやらせることで、荒療治になって短期間で美苑を成長させられるのではと考えました。

――婚活なんて無理だ、と言う美苑にソノは「でも、結婚って制度でしょ。友達関係よりも、もしかして簡単なんじゃないの?」と答えます。美苑が変わるきっかけとして、「友達作り」ではなく「婚活」を選んだのはなぜですか。

上畠
 美苑はイグアナのソノとは友達であると言えます。でもそれでは人間社会に属していることにはならない。ソノとの関係に閉じこもったまま生きていくことは不可能です。今回、美苑に婚活を通して試みてほしかったのは、「人間への帰属」みたいなことだったんです。友達という点において、美苑はソノとの関係で充足してしまっているので、それにはやっぱり「結婚」とか「家族になる」ということが必要でした。

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相手を「家族」と思えば、それはもう家族

――そして婚活に頭を抱える美苑がソノと暮らすアトリエに、美苑の後輩・キキちゃんが転がり込み、疑似家族的な関係を作ります。

上畠
 美苑の家族関係はちょっと複雑です。なので、美苑が人間社会に生まれ直すために、いったん、社会の最小単位である他の家族に入り直す必要がありました。疑似家族でもいいから、そこを糸口に社会につなげていかなきゃいけない。「キキ」という名前には、美苑の話を聞いてくれる存在、という意味を込めました。動物にしか興味がない美苑の話を聞き、人間社会へとつなげてくれる重要な存在です。

――美苑の母のお手伝いにきたつばめちゃんとも姉妹のような関係になりますね。血縁の家族とのつながりではなく、疑似的な家族のつながりを描いたのはなぜですか。

上畠
 家族って、相手のことを「家族」だと思えばもう家族なんだと思うんです。離れていても家族だし、飼っている猫を家族だと思う人もいますよね。恋人のような一対一の関係ではなく、チームのようなもの。美苑は訳あって、血縁者とのつながりが消えていきますが、そうなっても、家族的なつながりは得られるはずという願いを込めて書きました。これは私自身の願いでもあります。

――美苑はキキちゃんのアドバイスのもとマッチングアプリを始めますが、これは上畠さんの実体験も下敷きになっているそうですね。

上畠
 私も美苑と同じく結婚願望がないのですが、興味があって婚活パーティやマッチングアプリを試してみたことがあるんです。

――どうでしたか?

上畠
 結婚を目的に会うと、かえって関係を築きにくいと感じました。婚活でなければ、出会って、まず友達になって、その中の一人から好きな人が出てきて、関係を深めていく、といった流れが多いじゃないですか。でも、婚活だと、会ってみて「この人と結婚はできないな」って思っちゃうと、もうそれきりで、友達にもなれない。はっきりと結婚したいと思っている人じゃないと向いていないシステムかもしれないですね。

――作品の中に生かした点は。

上畠
 マッチングのシステムとか、どんなプロフィールがあるかなどは、リアリティを持って書けたかな。あと、ちょっとネタバレになりますが、マッチングして会ってみたら昔の知り合いだった、というのは地方の婚活あるあるです(笑)。