安倍氏ら4人聴取せず
19年の参院選では総理大臣だった安倍とともに、官房長官だった菅も案里陣営の応援に入っていた。
機密費(正式名称は内閣官房報償費)を克行に渡していたとしても、機密費は使い道を公開しなくてもいい決まりのため、使途が明らかになることはない。
使い道を知っているのは当時の総理大臣官邸幹部の一部に限られるとみられる。
河野は東京支社に勤務していた時、総理大臣になった菅と担当記者との懇親会に参加したことがある。
自らの番記者相手にも菅は表情を変えず、淡々と話す姿が印象的だった。
「中国新聞がこれ以上取材を続けても、真実を語ることは決してないのではないか」。そう感じながら国会記者会館に戻った。
この日の昼過ぎ。2日目の出稿メニューが決まった。
手書きメモに記載されていた安倍政権の幹部4人に対し、検察が聴取をしていなかったという事実を報じることにした。
関係者への取材では、大規模買収事件の主犯の克行に政権幹部4人が裏金を提供した疑惑を示すメモを押収したにもかかわらず、東京地検特捜部は安倍、菅、二階、甘利の4人に事情を聴くことなく、捜査を終了したという。
買収罪で克行との共謀に問うためには、買収に使われることを分かっていながら資金を提供していたと立証することが必要で、捜査のハードルが高いことは分かる。
それでも一般の事件なら、こうした疑惑メモがあれば、関係者として任意で事情を聴くことは当然する。ときの政権幹部ということで、忖度が働いたとしか思えなかった。
河井夫妻摘発に向けた捜査が進んでいた2020年に広島で検察取材に明け暮れていた中川の実感とも符合する。
捜査がヤマ場を迎える前の早い段階で、関係者から「河井夫妻より上には捜査の手は伸びない」と聞いていたからだ。
この日の続報は中川が執筆した。捜査が不十分だったのではないかと問題提起する記事を書いた。この日も朝刊1面トップで掲載された。
記事を執筆した中川は、広島で取材していた当時の検察幹部が繰り返し口にしていた言葉を思い出していた。「厳正公平、不偏不党」というフレーズだ。
永田町では、国会答弁で決まり文句のように使われる言葉でもある。
その言葉は大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を受けて、2011年に最高検が作成した基本理念の中にある。
理念は検察の使命と役割を明確にし、検察官が職務を遂行する際の指針とすべき基本的な心構えを説いている。
そこにはこうある。「刑罰権の適正な行使を実現するためには、事案の真相解明が不可欠であるが、これには様々な困難が伴う。
その困難に直面して、安易に妥協したり屈したりすることのないよう、あくまで真実を希求し、知力を尽くして真相解明に当たらなければならない」
何も、理念だけで厳しい政界捜査を乗り切れるとは思っていない。だが、疑惑の証拠をつかんでいるにもかかわらず、政権幹部に聴取しないことがあっていいのだろうか。