過酷な医療の実態の中、ハマス依存が強まる
私は2007年10月、ガザ最大のシファ病院(450床)も取材した。院長室に通されると「(経済封鎖で)麻酔ガスの予備がなくなった。もう緊急手術以外はできない。ガスがなくなれば緊急手術もできなくなる」とハサン・カラフ病院長(当時)が西岸のパレスチナ自治政府の保健省に電話で訴えているところだった。
シファ病院は、ハマスがガザの武力制圧に出る前月の5月に683件の手術を実施した。当時150万の人口を抱えるガザの基幹病院として、診療所や他病院で手に負えない患者の受け入れ先でもあった。オスロ合意の後には、日本政府も病院の支援プロジェクトを実施した。
だが、ハマスのガザ制圧後にイスラエルの封鎖が始まって、9月から抗がん剤が底をつき、重要な抗生物質も不足している。病院長の横で、アシュール副院長は「イスラエルは人道援助物資は止めていないというが、この病院の実態を見れば現実は明らかだ。検査機器の試薬もない。CTスキャンは壊れたままで修理部品がない。X線のフィルムも不足している。封鎖の下で日一日と機能がマヒしてきている」と訴えた。
さらに病院の人工透析室を訪ねると、もともと30台の人工透析器があったが、11台は故障で使えなくなり、私が見た時には19台だけが稼働していた。別の部屋には故障した透析器が並んでいた。ガザでは地下水が塩水化し、飲むのに適していないが、貧しい人々は飲料水を買うことができずに塩水を飲み、調理用にも使う。
そのため、人口の4割近くが何らかの腎臓の病気を抱えており、人工透析をしなければならない割合が高いという。透析は週3回、4時間受けなければならないため、病院では夕方6時までだった人工透析室を夜中の12時まで開いて、透析器の不足を補っている。
麻酔ガスの不足は、自治政府の保健省を通じて赤十字際委員会(ICRC)ガザ事務所に伝えられるという。同事務所はエルサレム事務所に緊急に麻酔ガスの調達を依頼するといった。ICRCガザ事務所の広報官は「麻酔ガスだけではない。封鎖によって建設資材も全く入らず、粉ミルクなどの食品も不足している」と語った。
2007年10月上旬に発表された国連の「ガザ人道援助状況」報告書は、「6月10日から9月13日まで1日106台のトラックがガザに入っていたが、9月中旬以降は1日50台に減った。人道援助プログラムの実施にも困難が生じている」「世界保健機関(WHO)が定める必須医薬品モデルリストのうち最も重要な61品目は品切れで、他の125品目も2〜3か月の在庫しかない」と指摘した。
封鎖によって、人々はガザの外に出ることも厳しく制限された。ガザにある民間のワファ病院では、9月に脳卒中で昏睡状態に陥った60代の女性をイスラエルの病院に送ろうとした。しかし、検問所通過の許可をとるのに20日かかり、女性はイスラエルに着いて2日後に死亡した。アリ・ハサン副院長・看護師長は「封鎖ですべてが手遅れになる」と語った。
それ以前は、ガザの病院で治療できない患者は医者の紹介状を持って申請すれば、イスラエル国内やエジプト、西岸の病院で治療を受ける許可が出ていたが、国連報告書では「ガザから治療のためエレズ検問所を通過する人は7月の1日40人から、9月は1日5人以下になった」と指摘した。
封鎖の影響は病人たちには致命的だ。しかし、封鎖によって失業が蔓延し、経済が厳しくなる中で、国際的なイスラム・ネットワークを構築し、資金調達の手段を持っているのはハマスだけだ。イスラエルの封鎖下にあり、イスラム教徒の受難の象徴ともなっているガザに、アラブ・イスラム世界から現金での寄付が集まってくる。
ガザの人口の7割を占めるパレスチナ難民に食料配給、教育、医療などのサービスを提供するUNRWAのジョン・ギング所長(当時)は「我々の援助は難民の生活の6割をカバーするが、残りはハマスが補っている」と語り、「国際社会が制裁をしても、人々はますますハマスに依存するようになるだけで、ハマス政権が揺らぐことはない。制裁は民衆を苦しめるだけで、ハマスに対しては逆効果だ」と付け加えた。