愛って何だろうね。
何歳になってもわからないよ
下町で老舗古書店〈東亰バンドワゴン〉を営む大家族・堀田家を描いた、小路幸也さんの人気シリーズ第十九弾『キャント・バイ・ミー・ラブ』が刊行されます。
この物語の主人公、昭和の頑固おやじ・堀田勘一も御年九十歳を迎えますが、店の帳場にどっかと座り、まだまだかくしゃくとしてその存在感を見せつけています。さて、今作では、勘一御大の周囲で、不倫のうわさやら浮気の疑いやら、いつもとは違う色めいたざわつきが……。物語の終盤ではなんと我南人の隠し子騒動まで持ち上がり、目が離せない展開に。
でも、ふたを開けてみれば、そこには何ともやるせない人の情やら愛が絡んでいて、いつもながらの読者納得のハートフルな大団円が待っています。
今回のテーマ「LOVE」を、ホームドラマでどう料理するか。その苦心と覚悟を、小路さんの若かりし頃のやんちゃなLOVE話を添えて、お話ししていただきました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=川尻亮一
浮気や不倫話は、
ぎりぎりのところで寸止め
―― 今回は、「キャント・バイ・ミー・ラブ」というビートルズの曲のタイトルそのままに、いろんな恋愛絡み、不倫絡み、そして若い人たちの結婚話も一気に進んで、全篇LOVEを巡る展開になっていますね。「LOVEはやっぱりお金じゃ買えないよぉ」という我南人の声が聞こえてきそうです。
ええ、タイトルを『キャント・バイ・ミー・ラブ』にしようと思った段階で、もう全部LOVEの話にしようと思っていました。最近、我南人が騒がしくすることもなかったので、ここで我南人の隠し子騒動を勃発させようと思いついて、そこから若い人たちを中心にいろいろLOVEに絡んだネタを考えていったんですね。
藍子の娘・花陽に関しては、麟太郎君(我南人のバンド〈LOVE TIMER〉のメンバー、ボンのひとり息子)と結婚する流れにはなっていても、今医大生で、結婚はお医者さんになってからと言い切っているので、それをどうしようかなと前々から考えていたんです。だって、花陽が医者になるのを待っていたら、勘一、百歳近くになっちゃうでしょ。だからちょっと刺激的な事件を起こして、ここらで花陽に結婚を決断させようかなと思って。ということで大筋、花陽の結婚と我南人のLOVE騒動の二本立てで行こうと決めたんです。
―― なるほど。そう聞くと全体像が見えますが、その医大生の花陽が浮気騒動に巻き込まれたり、研人の妻・芽莉依ちゃんに不倫疑惑が持ち上がったり、読者としてはどうなっちゃうのかと、けっこう心配になりますね。
展開としてはちょっとややこしかったと思うんですけど、不倫とか浮気とかの話を深くやっちゃうと長くなるし、生々しくなっちゃうんで、ぎりぎりのところで寸止めしてるんですよ(笑)。そのうえで、全体を音楽でくくっていけば、ぎりぎりで寸止めしてるいやらしさもちょっと消えるかなと思って、音楽でスーッと流している感じにしてみました。
―― そういう事件でもないと、花陽が結婚を決意する動機づけにはならないと。
そう。このままだと、多分花陽は、いつまでたっても結婚しないと思いますよ。それが三年前くらいからずっと引っかかっていたんです。もちろん結婚がすべてじゃないけど、ホームドラマとしてはどっかで結婚させなきゃ落ちがつかない。それで、こういうLOVE絡みの事件と、誰かの死を契機にしようと考えて、元刑事の茅野さんの奥さんに天国に行っていただきまして。大じいじの勘一だっていつ死ぬかわからないし、今決断しないと人間いつどうなるかわからない。そういう心境の変化があって、ようやく医者として生きることと麟太郎君のパートナーとして生きることが花陽の中でバンとリンクする。苦心しましたけど、これはうまくいったかなと思います。
今作登場のゲスト書店員さんは
有名インフルエンサー
―― 花陽とは別のLOVE事件絡みで、研人のバンドとコラボすることになったアイドルグループのボーカルで、文才豊かな本間ハルカちゃんという新星が登場しますね。
はい、その本間ハルカちゃんのモデルが、今回のゲスト書店員さんの本間悠さんです。いつも文庫化される際にあとがきを書いていただいているゲスト書店員さんには、物語の中でどんなキャラクターをやっていただこうかなと考えるんですけど、今回は研人の音楽関係を思い描いたときに、パッとアイドルがいいじゃん! と閃いた。
というのも、本間さんは、直木賞作家の今村翔吾さんが佐賀駅構内にオープンした「佐賀之書店」の店長さんで、しかも佐賀を中心に“ホンフルエンサー”として活躍する有名人なんですよ。文才もあるし、まだお若いし、イメージにピッタリだと思って、才能あふれるアイドルになっていただきました。
―― 歌がうまくて文才があって、かわいいアイドル役となると、きっとご本人にも喜んでいただけるんじゃないですか。しかもちょっとしたLOVE事件の主役にもなりますね。
そうそう。本間悠さんをアイドルにしようと決めた段階で、物語の全体がすっとつながってきて、これでいけると確信しました。さっきも言いましたけど、本間ハルカちゃんの不倫騒動に関しては、深くやると拒否反応を示す人もいますから、大げさにはしなかった。最終的に我南人の隠し子騒動のところでポンと落ちをつける伏線になればいいかなという感じで、こちらも寸止めです(笑)。
そもそも、テレビのホームドラマ枠で不倫や浮気を描くって、すごく難しいんですよ。このシリーズでは、春夏秋冬の各章をそれぞれ四十五分のドラマ枠と考えて、そのパターンの中で毎回お話が展開していきます。このパターンは、時々イレギュラーで外れることはあるけど、ホームドラマの基本原則です。その中で生々しい不倫や浮気の話を入れるのは土台無理だし、今回はその塩梅に関しては相当苦労しました。
根がドライなのに、
惚れた女には独占欲が強い!?
―― ホームドラマ枠の縛りはあるとして、小路さんの「東京バンドワゴン」に出てくる人たちって、恋愛感情で動いていくキャラクターはあまりいないですよね。だから生み出したキャラクターが結婚や恋愛方面で進展してくれなくて困るという悩みが……。
僕自身がそうなのかもしれない。きっと僕の資質もあると思いますよ。今回は、LOVEをメインに語っていますけど、この年になっても、愛って何だと聞かれたら、何だろうねって考えちゃいますよ。愛ってさ、何歳になってもわかんないよ。愛に走っちゃうような人ってどんな人なのかなと考えても、僕自身経験がないからよくわかんない(笑)。経験なくても書くのが作家なんだけれど、こればっかりは難しいね。
踏み込むのが嫌だというのもあるかもしれない。若い頃の経験なんですけど、自分から申し込んだ人には、必ず振られるんですよ。僕ね、二十代の頃に僕から申し込んでお付き合いした女性が数人いるんですけど、全員に振られてるんですよ。最後に振られたのがナオコさんという方で。
―― ナオコさん(笑)。
うん、ナオコさんにはまいりました。僕の誕生日が四月なんだけど、前日の夜に電話がかかってきて、「はい」って出たらナオコさんでね。翌日誕生日だからてっきりデートの約束をするんだろうなと思って、「明日、どうしようかな」って僕が話し出したら、突然そこで、「いや、実は別れたいの」って言い出してきまして。
―― 理由を聞きました?
聞きましたよ。なんで? って。そしたら「自由になりたい」とか言われてしまって。僕はどうも、惚れた女の子に対して、束縛してしまうタイプの男みたいなんですよ。
―― へえ、長いお付き合いですが、小路さんには、全然そういうイメージないですけどね。
ないでしょう? 僕自身もないんだけど、どうもお付き合いした女性はそういうふうに感じるらしくて。それ以来、もう女性には惚れないようにしようと思って生きてきた(笑)。
―― じゃあ、結婚は、惚れられて結婚したんですか。
あー、そうですね。妻も読むかもしれないんでその辺りはゴニョゴニョですが、妻からのアプローチが先だったんじゃないかなぁ、ということで(笑)。
でも、僕の嫌なところは、そうやって別れたいという電話が来て、わかった、じゃあねって電話を切ったら、すぐに次は誰と付き合おうかなと思えちゃうんですよね。
―― 根が意外とドライなんですね。
全然ドライなんです。全くこたえてない。そうやって根がドライなくせに、惚れた女には独占欲が強いという、割と二面性のある男みたいでね。そもそもろくでなしなんですよ。若い頃は来るもの拒まずで、取っ替え引っ替えみたいな男だったので、深い愛については書けないというか、書いちゃいけない、書いたら絶対怒られるなと思ってます(笑)。