「ハロー」「グッドバイ」と言える日々が
早く戻るといいね――その思いを込めて
下町で老舗古書店〈東亰バンドワゴン〉を営む大家族・堀田家を描いた、小路幸也さんの人気シリーズ、その最新作『ハロー・グッドバイ』が刊行されます。第十七弾となる今作は、ハードボイルドな展開を見せた前作の番外編から一転、いつものにぎやかな堀田家の日常に戻ってきます。
亡くなってからもずっと堀田家を見守り続けるサチさんの語りで静かに物語は幕を開けますが、今作では堀田家の環境にちょっとした変化が。堀田家の裏では増谷家と会沢家の新しい家の工事が始まり、さらにお客さんの要望もあって、古書店隣接の〈かふぇ あさん〉の夜営業も開始。そんな少し気ぜわしい変化の中で勃発するトラブルや事件とは――。
堀田家の面々が乗り出す事件の裏にはいつも人の情けが絡んで読後はほっこり。現実を見れば、コロナ禍で人間関係も何かと不自由な世の中ですが、今作では特に、人とのつながりや縁の大切さが大きなテーマに。生きていく上で「本当に必要なもの」とは何かを、しみじみ考えさせられます。そんなテーマも含めて、小路さんに本作への思いを伺いました。
聞き手・構成=宮内千和子/撮影=三山エリ
ホームドラマの原点に戻って
物語をぐっとシンプルに
―― イギリスを舞台にした、前作の番外編『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』は、構成も仕掛けも大胆でエキサイティングでしたが、本編の今回は堀田家のいつもの物語に返っています。流れとしても静かで、仕掛けもそれほど大きなものではなく、堀田家ファンとしては、じっくり物語を満喫できる作りになっているように感じました。
番外編が終わって、今回また本編に戻る際に、思い切りシンプルにしようというのは前から考えていました。おかげさまでこれだけシリーズが続いていくと、登場人物の数も増えて、それにつれてどんどん堀田家が直面する出来事もエスカレートしてしまうので、シリーズ中、ああ、ちょっと上がりすぎたなと思ったら、意識的に抑えるようにしてきました。いろんなことをサチさんに長く語らせすぎると、物語がインフレーションを起こしてしまいますからね。
それと、「東京バンドワゴン」の主人公である勘一ももう九十歳目前で、ちょっと心配な年齢に差しかかっています。
―― でもまだ勘一さんはかくしゃくとして頼もしいし、しっかり堀田家の中心に陣取っていますよ。
ええ、どこまで頑張れるかわかりませんが、勘一御大の活躍の場を作るためにも、物語をぐっとシンプルにして、また根本から上げていこうという意図はありました。
―― 原点のホームドラマに戻るということですね。
そうです。もともとホームドラマへのオマージュで、ただただ楽しくにぎやかで、人の情けにほろっとくる。それだけを描いていこうと思って始まった物語ですから。そこは変えない、考えすぎない。楽しく読んで、ああ、終わった、でいいんだと思う。僕が考えるシンプルというのはそういうことですね。
一話目の登場人物は
リアル書店員さん
―― 今作ではけっこう堀田家の環境に変化がありますね。堀田家の裏で増谷家と会沢家の家の新築工事が始まったり、〈かふぇ あさん〉が夜も営業することになったり。それにつれて晩ご飯の様子とか、堀田家内の様子もだいぶ変化しています。
はい。シンプルにと言いつつ、じつは堀田家の周囲の関係が、がらっと変わっている回ではあるんです。藤島ハウスのほかに、増谷家と会沢家の新しい家が建つことで、今まで脇役だった彼らがきちんと関わってこなければ、せっかく家を建てた意味がない。そういう新しいメンバーの出入りもあるし、カフェの夜間営業で、原則みんな一緒に食べていた堀田家の晩ご飯が交代制になったりとか、堀田家内の様子もだいぶ変わってきています。そういう新しい動きや関係性に向けて、どう道筋を作っていくか、そのための最初のストーリーというのが今回の物語かなと思うんです。
―― そして本作の最初の事件に登場するのが、堀田家の裏の解体工事の現場に来ていた、(地中の水脈や鉱脈を探し当てる)ダウジングもできるという久田かおりさん。ものすごい方向音痴という面白いキャラクターです。
このシリーズのルールとして、毎回一話目に、文庫版の解説をお願いした書店員さんと同名の人物が登場することになっています。だから、その人物を登場させると決まると、この人は一体どういう人にしたらいいんだろうとまず考える。こういう人かなとイメージが固まったときに、一話目の事件も決まる。その前にタイトルも決めてあるので、そのタイトルと事件がうまく結びつくと、ああ、これだと、全体のテーマが決まってくる。
本当に人ですよね。新しい登場人物がどういう人かさえ決まれば、物語が動いていく。堀田家のみんなはそれぞれがもう既に物語を生きているので、その人が出来上がれば堀田家がどう動くかが自然に決まってくるんですよ。
文庫版『ラブ・ミー・テンダー』の解説をしてくれた久田かおりさんは名古屋の書店員さんで、ご本人を僕は知っているんですが、彼女は本当に、とんでもない方向音痴なんです(笑)。ただの方向音痴だけでなく、例えば、自宅から車で本屋さんに仕事に行って、その車を置き忘れて帰ってくるとかね。うちに帰ってきたら、あれっ、車がないって、そういうことをやる、とても愉快で面白い人なんです。
―― 考えなくてもそのままのキャラでご登場願えると。
ええ、久田さんを出すなら、絶対迷子のエピソードを使おうと思っていました。で、迷子になって誰かと出会えたらいいなあと考えて、彼女が子どものときに迷子になって、我南人の妻で亡き秋実さんと出会っていたというストーリーが思い浮かんだんです。
―― 毎回、リアル書店員さんと連動して物語が作られていくというのも、このシリーズの楽しみの一つですね。
次回の書店員さんのゲストは文庫版『ヘイ・ジュード』の解説をしてくれた浦田麻里さんという方です。この方とはお会いしたことがないので、いろいろ想像力を駆使して面白いキャラクターになればいいなあと思っています。