出演するか否か、悩み抜いた
――映画『52ヘルツのクジラたち』ではトランスジェンダー男性の岡田安吾を演じていますね。ヒロインの三島貴瑚(杉咲花)に寄り添う重要な役ですが、この映画のオファーを受けた理由について教えてください。
志尊淳(以下、同) 僕にとっては、成島監督の作品であることが大きかったです。学生時代から成島監督の映画は観ていましたから。でも自分は縁がないかもしれないと思っていたので、オファーをいただいたときは光栄だと思いました。
ただオファーの理由がもし「志尊淳はトランスジェンダー女性を演じた経験があるから……」ということだけだったら、お断りしようと思っていました。だから監督にお会いしたとき「なぜ僕に依頼をしたのですか?」と聞いたんです。そしたら監督は、僕が出演したNODA・MAPの舞台『Q:A Night At The Kabuki』の初演と再演を観て「役者としての信頼が芽生えたから、志尊くんにお願いしたいと思った」と。僕に期待をしてくださったんだと思い、うれしかったです。
――それですぐ出演を決めたのですか?
それでもすごく悩みましたね。台本の初稿は完成した映画とは違っていて、岡田安吾の描き方もかなり異なるものでした。僕は岡田安吾役について、自分の考えを成島監督に正直に伝えました。監督も同意してくれて、僕の意見も反映しながら「いいものにしていこう、自分を信頼してほしい」と言ってくださったので、出演を決めました。
トランスジェンダー男性を演じるためにしたこと
――岡田安吾役は難しかったとは思いますが、役作りについて教えてください。
僕は岡田安吾(通称アンさん)個人に向き合うことを大切に考えていたのですが、やはりトランスジェンダー男性であることは演じる上で重要なので、どのように気持ちを作っていったらいいのだろうと、彼の過去や家庭環境などについて考えました。
その役作りの中でトランスジェンダー監修兼、役者としても出演している若林佑真くんから実体験によるさまざまなアドバイスをいただいたり、トランスジェンダー男性が経営しているバーで当事者の方とたくさん話して役作りに活かしたりしていき、アンさんの過去も含めて掘り下げていくことを常に考えていました。
――役作りの中で、いろんな方にお会いして、気づいたこと、改めて思ったことなどありますか?
取材に協力してくださった皆さんの話は、アンさんを演じる上でとても重要で、自分は知らないことが多かったと改めて思いました。俳優として、トランスジェンダー男性であるという立場や経験も含めて、アンさんという個人に寄り添うことを心がけました。
おそらく観客の皆さんも、この映画で知ることがあると思いますし、「知らず知らずのうちに、傷つけていたかもしれない」と感じるかもしれません。でもそう思う気持ちは大切だと思うので、何かに気づくきっかけになってくれればいいなとも思います。