制作者のなけなしの善行
私が〈Toilet Simulator〉の中で最も好きなのは「Poop On 2020 Simulator」だ。これはやけにリアルで弾力性に富んだうんこを、電飾で輝く2020という文字が浮かんだ便器に向かって好き放題に投げられるゲームだ。どう言葉を選んでも最低なゲームなのだが、作者の説明を読むとこんな事が書いてある。
「プレイしていただきありがとうございました。私の初めてのビデオゲームを楽しんでいただけましたか? もし、世の中が荒れていて、このゲームが少しでもストレスや不安を解消してくれたなら、私はあなたの世界の片隅を少しでも良くできたことを嬉しく思います。私たち全員が2020年を排水溝に流して、振り返らないように。愛を込めて」
そう、このゲームはコロナ禍で世界中が暗く沈んでしまった2020年という年に対して作者のMandel Lumが施そうとしたなけなしの善行だったのだ。たまに飛んでくるUFOをうんこで撃墜すると作者と友人が喋っているポッドキャスト(30分!)が流れ出すのだが、妙に落ち着いた声で二人の出会いや制作秘話について語る彼はとても知的で良いヤツそうだ。ゲームはひどい設定なのに露悪的にならず一定の品を保てているのは彼の人柄に寄る部分が大きいのだろう。ちなみに2020の最後の「0」の部分にうんこを投げ続けるとファンファーレのように「蛍の光」が流れて「0」の代わりに「1」の数字が下りてくる。2020年だけでなくしっかりと2021年にも対応してくれているのだが、果たして2022年はどうなるのだろうか。
他にも個室の中に犬や他人がいて、便器が飛んで行ったりトイレットペーパーの幅がゆっくり広くなっていくのがシュールな「Constipation Simulator 2020」や、オシャレなドット絵のユニットバスの中でトイレや風呂の水音を聴いてただただリラックスする「STAYHOME vol 1」、ノリの良い音楽に合わせて光り輝く便器が高速回転するのを眺めるだけの「Polish Toilet Simulato」など、〈Toilet Simulator〉には作者ごとの着眼点の違いがそれぞれに反映されておりどれを取ってみても味わい深い。こういうものを一つ一つ眺めながら自分なりに差異を見つけて喜んでいるのはどこまでも軽くて罪のない時間で、我ながらとても平穏なものに親しんでいるとしみじみ良い気分になってくるのだ。
『インディーゲーム中毒者の幸福な孤独』特集一覧
【試し読み1】 戦火のウクライナでリリースされた奇怪な経営シミュレーションゲーム
12月5日、ついに発売!
人生のどこかの瞬間と響き合う、個人的なゲームたち――
異能のアニメーション作家による唯一無二のエッセイ集。
戦火のウクライナ発の奇怪な経営シミュレーション、セラピストと絵文字だけで会話するゲーム、認知症患者となりその混乱や不安を体験……
「数多くの個人的なゲームたちと確かに交流したのだという幸福な錯覚は、自分と世界との距離を見つめ直そうとする私に流れる孤独な時間を、今も静かに支え続けてくれている」(本文より)
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この記事は著者が2022年4月に執筆し、雑誌「小説すばる」に掲載したものです。最新のウクライナ情勢を書いたものではありませんので、ご注意ください。