力を入れたオリジナルゲーム「コルタワ」
―― 真佐也がやっている「コルタワ」というゲームが出てきます。ちょっとやってみたいなと思ったんですが、あのゲームは伊岡さんのオリジナルですよね。
ゲームについては力を入れたんですよ。ゲームの世界観もみっちりとつくって。連載時の担当編集者がゲーム好きだったこともあって、相談しながら。実は単行本では連載時の四分の一ぐらいに削ったんです。
といっても、僕自身はゲームはほとんど経験がなくて、まったく知らずに書くわけにもいかないなと任天堂スイッチ(Nintendo Switch)を買ってほんの少しやったくらいなんです。ですからほとんど想像だけで書きました。
―― 「コルタワ」は一棟の廃墟ビルが舞台で、クリアすると一階ずつ、階を上がって行くんですよね。
ネットでゲームの広告を見ていると、世界観が壮大ですよね。広大な大地を進んで竜を退治したりとか。「コルタワ」はその反対に、一つのタワーの中だけで完結することを売りにしたらどうか、と。
―― しかも、マルチエンディングで、ゲームのプロセスが重視されているというのが人生のメタファーにもなっている。真佐也と、不登校仲間でもある純二の関係を描くうえで有効ですよね。
マルチエンディングという言葉は知らなくて、途中の選択や行動によってラストが変わるという展開は自分で考えたんですよ。じつは知人にゲーム好きがいて、「こういうゲームを考えているんだけど」と話したら、そういうのをマルチエンディングと言うんですよと教えてもらったんです。
それってすごくないですか。ゲームをまったく知らないのに思いつくなんて。今回はそこが一番すごかったんじゃないかと自画自賛してます(笑)。
―― (笑)。そのゲームで遊んでいた真佐也と純二の前に、あかりという少女が現れます。彼女はニュータウンの外から来た部外者でもあり、物語が動き出すきっかけにもなります。
ニュータウンという場所自体が、外面の典型のような場所ですよね。噓くさいというか、欺瞞のかたまりというか。バブルに向かう頃に『金曜日の妻たちへ』というテレビドラマが大ヒットしましたが、あのドラマも現実にはありえないものだったと思うんです。当時はたくさんの人が夢中になって見ていたと思いますけど、考えてみると、あんなに恋愛のことばかり考えている夫婦たちっていないよなという(笑)。
ニュータウンという人工的につくられた町には、どこか噓くささがあって、みんなでそれを隠して生きているように思うんです。そういう雰囲気を出せたらいいなと思いました。で、その欺瞞を暴くのは、外部からやってきた人間になるわけです。
100%の紳士はいない
リアルで予想を裏切る人間を書く
―― 山岸家以外の登場人物にも印象的な人がいますね。たとえば、裕実子が勤める税理士事務所の同僚で、真佐也の同級生の母でもある桃子。
強烈ですよね(笑)。『朽ちゆく庭』はちょっと淡々とし過ぎているかなと思ったんですけど、改めて考えると、けっこうインパクトのあるキャラクターが出てきますね。
―― そうなんですよ。起きる事件はもちろん、山岸家それぞれを掘り下げていくだけでも十分サスペンスなのに、彼らを取り巻く人たちがどう動くかわからない怖さがあります。少ししか出てこなくても、想像力が刺激されるというか。
これは僕の癖でもあり、いつものやり方なんですが、脇役――という言い方は変ですけど、脇から入ってくる人――はみっちり書き込まないほうがリアル感があるのかな、と。
この人はこういう背景があって、こういう人生を送ってきたからこういう性格になった、と説明しないほうがリアルだと思うんです。たとえば、道ですれ違った人がいきなり「このやろう!」と怒鳴ってきたとしますよね。それって、何の前触れもなく突然自分の人生に入り込んできたからびっくりするんですよ。怒鳴ってきた人の背景を説明してしまうと、そんな事情があったならしょうがない、と納得してしまう。説明しないほうがリアル感があるし、ショッキングかなと。
―― たしかに『朽ちゆく庭』には、ほとんど説明されないけれど、桃子や彼女に連なる人たちのように印象的な人物がいますね。ちょっとホラー的にすら感じるというか。反対に税理士事務所の所長の佐藤のように、当初とは意外な側面を見せる人物もいたりして、こちらも予想を裏切られました。
佐藤は紳士なんですよね。でも、どこか壊れたところがある。壊れていないと紳士でい続けられないんじゃないか。100%の紳士っていないと思うんですよ。いい人だと思っていたら実は、の裏返しで、どこか壊れているくらいの人のほうがむしろいいことをしたりすると思うんですよね。
―― 主要な登場人物たちがしっかり描かれているからこそ、周囲にいる人たちがさらっと描かれたときにくっきりと浮かび上がる。想像できるのかなと思いますね。
どなたの言葉かはわかりませんが、僕の好きな言葉に「読者の予想は裏切れ、期待は裏切るな」というのがあるんです。読者がこうだろうなと思う予想はなるべく裏切って、でも、予想とは違ったけど面白かったと思ってもらいたい。小説を書くうえで、自分がそれをできているとまでは言わないですが、いつも目指して書いています。
山岸家の三人もそれぞれ不倫や不登校といった問題を抱えているんですけど、よくあるパターンには陥らないようにしたいなと。この小説で起きる事件も、そうやって考えていきました。
―― 『朽ちゆく庭』は、『悪寒』『不審者』と合わせて「家族崩壊三部作」だと冒頭でおっしゃっていましたが、家族崩壊について書き切ったという達成感はありますか。
三部作として集大成になったという達成感はあるのですが、家族が壊れていく物語を書き切ったかと言われると、まだまだ書き足りないですね。
世の中に「普通」の家族はないと思うんです。百家族あれば百家族とも違う。平均的な家族像はあると思うんですが、平均は普通とは違いますよね。どんな家族にも外からはうかがい知れない事情があって、壊れてしまう危険性が潜んでいる。だから物語になる。まだまだ物語はいくらでも書けるんじゃないかと思っています。