日本全国で急激に広がる「明石モデル」

とはいえ、4、5年前は、その程度であった。しかし、この2年で、事態は大きく転換した。明石市のように子どもを重視する政策を展開してほしい、という思いが、日本全国で急激に広がっている。しかも、泉市長が「暴言」によって政治家引退を表明することで、さらにそれが燎原の火のように燃え広がっている。

それ以前は、この政策を掲げて圧倒的な支持を得られたのは、泉市長本人だけであった。泉房穂という政治家が不在になることで、この力が急に普遍性を帯び始めた。2023年春の明石市の県議選挙、市長・市会議員選挙は、その最初の波であり、泉氏の支援を受けた候補者が、驚異的な得票を叩き出した。

そして、7月の兵庫県三田市の市長選挙で、政治経験の全くない無名の無所属の新人が、泉氏の支持を得たことで、自民・公明・立憲・国民の推薦する三期目の現職候補にかなりの差をつけて勝利した。しかもほかに、二人の有力な市議が市長候補として立っていたというのに、である。

これは実に驚異的な事態である。もちろんそこには三田市民病院が神戸市に移転するという奇想天外な政策への強い反発が背景にはある。たとえそうでも、東松山市長選挙で、三期目の現職市長と一騎打ちで惨敗するという経験をした私からすれば、想像を絶する事態である。

これは、泉氏が、泉房穂市長の不在という空白を自ら作り出すことによって、空間構造を変えてしまったことで起きている地殻変動だと私は理解する。自民党・公明党のみならず、立憲民主党や共産党でさえも、「既成勢力」と見做され、それを維新というポピュリズム政党が切り崩しつつある、という状況に絶望している有権者にとっては、福音と言っても過言ではなかろう。

泉房穂氏(撮影/野辺竜馬)
泉房穂氏(撮影/野辺竜馬)
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泉氏のこの活躍により、「大人のための政治か、子どものための政治か」が真の対立軸であることが証明された、と私は理解している。大人のための政治は子どもを犠牲にするが、子どものための政治は、大人を豊かにする。この真理が人々に理解されたとき、日本の政治構造は一挙に転換するはずである。

本書は、この地殻変動を惹起した人物の思想が明らかにされている。日本社会の閉塞を打ち破ろうとする人は、必ず紐解くべきであるし、これを読めば、なぜ、子どもをはじめとする弱い人々を、政治家が自らの手で助けようとすることが、社会全体を良い方向へ導いていくのか、が理解できるはずである。

私はこれを以下のように理解している。弱い人々は、社会の歪みをより強く受けるので、その痛いという声は、社会にとってのセンサーなのである。センサーの発する信号を無視すれば社会の歪みが拡大し、逆に、為政者が耳を澄ませて行動すれば、社会は安寧へと向かう。これが『論語』の「仁」の思想の本質なのだ。

泉房穂という稀代の政治家が、「仁政」を12年にわたって実行し、突然その地位を去ったことが、この真理への覚醒をもたらした。本書はその経緯と論理とを明らかにしている。

*本稿は2023年『青春と読書』10月号掲載「本を読む」同名書評のロング・バージョンです。

文/安冨歩 

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