「この意志決定をした人々に対して、強い怒りを覚える」
ところで、この公式発表が行われた段階では、ファクトリーチームTeam SUZUKI ECSTAR所属のアレックス・リンスは第3戦で3位、第4戦で2位と表彰台を獲得してランキング4位につけていた。チームメイトで2020年チャンピオンのジョアン・ミルはランキング6位。
ともにタイトル争いを射程範囲に収め、シーズン中盤戦へ向けて地歩を固めていく真っ最中の時期だ。また、Team SUZUKI ECSTARは全参戦チーム中でチームランキングの首位に立っている。
このように高い戦闘力と性能を発揮している状況にもかかわらず、しかもDORNAとの5年契約期間を満了せず、途中で反故にしてまでも出て行こうとしているのだ。おそらくスズキ株式会社にとってMotoGPはもはや参戦する意義がなく、今後もレース活動を再開する意志はない、ということなのだろう。
このリリースが発表された日、ルマンサーキットではミルとリンスの両選手に多くの質問が投げかけられた。両選手の話によると、やはり噂で囁かれていたとおり、この決定は選手とチーム双方にとって寝耳に水の出来事だったようだ。
26歳のリンスは、前戦第6戦翌日の5月2日(月)夕刻にチームマネージャーたちからこの報告を受けたとし、次のように話した。
「話を聞かされたときはとても辛く、涙が出た。とはいえ、自分自身は来年も走る場所をどこかに見つけることができるだろう。でも、何より家族同然のチームメンバーは厳しい状況に追い込まれると思う。それが何より残念で悔しい」
リンスよりも感情をはっきりと面に出す24歳のミルは、
「こんなに素晴らしい最高のチームなのに、この意志決定をした人々に対して、強い怒りを覚える」
と大きくため息をついた後、
「こういう事態になると普通は意気消沈するものだけれども、僕はむしろ、チームとバイクのパッケージが素晴らしいことを示すために、皆と最高の形でシーズンを戦っていきたいと思っている」
と、MotoGP撤退という後ろ向きの決定はむしろチームとライダーの士気を高めている、と話した。
また、ミルのマネージメント業務を担当するパコ・サンチェスは、来シーズン以降の契約更改が詰めの段階にさしかかっていたところだった、と明かしたうえで、
「MotoGPに関心のないスーツを着た人たちが、椅子に座って決めたのだろう。彼らはサーキットに来たこともなければ、パドックで働いている皆のことなんか気にもしていない。ライバル陣営と比べて少ない予算でも(ミルは)好結果を出してチャンピオンを獲り、昨年はランキング3位。そして、今年は両選手ともトップに迫っている。これだけ素晴らしい仕事をしてきたのに、こんな立場に追い込まれるなんて、どうかしている」
と、憤懣やるかたない様子で述べた。
彼らの言葉から窺えるのは、この突然のMotoGP撤退通告はライダーとレース現場で働くチームスタッフたちにとって、いわば突然の〈雇い止め〉を申し渡されたに等しい、ということだ。それだけに、現場の結束力はさらに高まる。金曜初日の練習走行を終えたミルは、プロフェッショナルとしていつもと同じように集中できた、と述べ、
「皆の応援がとても力になった。僕個人に対してというよりも、チームで働く皆へのサポートがすごく力を与えてくれた」
と、一体感がさらに強くなったと話した。