新婚当初は1日4回が当たり前

――そんな学生時代での恋愛は?

片思いかわからないけど、中学のときに『あ、かっこいい男の子がいるな』ってことはあったわよ。でも、それくらいね。転勤族だったし、高校は女子校だったし。
中学の同窓会で「下駄箱にラブレターいっぱい入ってただろ?」って言われたことあったけど、全然覚えてない。高校まではそれくらい興味がなかったのね。

で、大学の卒業後に小西六写真工業(現・コニカミノルタ)を経て、父が亡くなったあとに、父と同じ保険会社に就職したんです。

今でも2日で1箱を吸う愛煙家
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――そこで“パパ(夫)”と出会うわけですね。

母親から「女は23歳になったら家を出なさい。それ以上になったら、売れ残りだから、23歳までにいい人を見つけて結婚しなさい」と言われてたんですよ。

私はね、若いときから、背が高くて、自分より頭が良くて、イケメンで、スポーツができる人がいいという理想があったの。あとは家から通ってるのは親が甘やかしてるから、寮生活か下宿の人がいいとか。母親は専業主婦をやらせてくれる人じゃないとダメって考えだったし、そうなるとなかなかいないもんね。

――そんな高い理想をかなえた男性が同い年のパパだったと。

会社で会ってすぐに「この人かっこいいな」って思ったの。部署は違ったけれど、同じ学年ということもあり、すぐにお互い気になる存在になったわね。
パパは、京都大学のアメフト選手だったから体格もいいし、この会社で働いているんだから、専業主婦もさせてもらえるだろうということで条件もぴったり。

それで私も好きだったけど相手のほうがもっとこちらのことを好きになっちゃった。彼は当時住んでいた浦和から私が住んでいた高円寺まで毎日送ってくれたんです。
食事のときにうちの母は「婚約もしてないうちは、お食事はご一緒させませんので、ここで待っててください」なんて言うの。だから、10月に出会って、その年の暮れには婚約して、翌年には結婚。スピード婚ね。

夫婦の思い出のアルバム
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――夫婦の営みのほうは?

23歳で結婚して、新婚時代は朝2回、夜2回で1日4回よ。

――1日4回!! 若いとはいえ、毎日はすごい。

小笠原 パパは毎日6時半に帰ってくる男だからね。土日もずっと家にいる。
お酒は外ではなく家で飲むし、会社の人を家に連れてきたこともない。徹底してたね。
新婚の熱がさめてもパパが病気になる57歳まで、毎日やってましたよ。生理中もね。