「発達障害だから暴力を振るうわけではない」
厳格な規律に縛られた社会では、輪を乱す行動をするような子供はすぐに目をつけられる。そして病院で発達障害と診断されれば、その日からケアの対象となり、人によっては発達障害の特性を抑える薬が処方される。
大半の子供にとって薬を服用することはプラスに作用する。心が落ちついたり、他人の話に耳を傾けられるようになったり、不用意な発言がなくなったりするのだ。多少の副作用はあるものの、生活そのものは安定するといえる。
しかし、それを実現するためには落ち着いた生活環境の中で、周囲の協力を得ながら、その人に合った薬を適切に服用する要がある。逆にそうした環境がなく、適した薬の服用ができなければ、子供たちは精神をかき乱されてしまう。
拙著『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』(平凡社新書)でインタビューをした医師は次のように語っていた。
「発達障害だからといって暴力を振るうわけではありません。彼らの特性が暴力を生む場合は、彼ら自身が親の虐待など暴力的な環境で育ったケースが多いといえます。彼らは親を真似して暴力を振るったり、二次障害として行為障害から反社会的なことをしたり、劣等感が膨らんで自暴自棄な行動に走ったりするのです」
少年院などの矯正施設で、医者から薬を処方されているのは、こうした子供たちが少なくない。薬の服用によって彼らの荒れた言動はある程度抑えられるが、同時に副作用を抱えることになる。少年院でよく聞くのが次のような言葉だ。
「薬を飲む前は寝ている間もイライラしていて、目が覚めたらそばにいる人に暴力を振るっているような状態でした。ここで薬を飲みだしてからイライラは収まったけど、すごくだるい状態がつづいています。頭痛や吐き気もあります。なんか体が自分の体でなくなったようで、運動するのもだるくて、ずっと半分寝ているような感じになります」
あるいはこんな意見もあった。
「心が落ちついて楽にはなるけど、楽しいとか、嬉しいといった感情がなくなります。何かをひらめくとかもない。ただ静かに生きてるみたいな感じ」
劣悪な家庭環境で育ち、常に激しいイラ立ちの中で生きてきた子供にとって、薬によって心の安定を得られるのは決して悪いことではないだろう。副作用はあれど、周りと衝突せずに済んでいるという自覚は生まれる。