コンプライアンス至上主義な現在の社会風潮を、KERAはどう捉えているか

そんなKERAに、最後の質問をした。

――KERAさんが活動を始めた1980年代。もちろん一定の制約はあったと思いますが、今よりずっと自由に言いたいことを言ってやりたいことをやれる空気があって、またお客さんもそれを求めていたと思います。それに比べると、現在はその辺がかなり不自由になっていますが、あの頃からずっと継続的に表現活動しているKERAさんは、今の社会風潮に対して、どう折り合いをつけているのでしょうか?

「確かにその通りで、もし自分が若い頃に今のようなムードだったらどうなっていただろう。犯罪に走っていたかもしれない。わがままで人の話もまったく聞かなかったから、年を取ってからでよかったなって思います(笑)。あの頃はみんな何でも驚いてくれたし、驚いてくれるからこっちも限界までやりました。それでバランスが取れていたから平和に見えた。新宿アルタ前でラフィンがソノシートをばら撒いたり、有頂天が無料ライブをやって大騒ぎになったり、(電気グルーヴの)石野と瀧が意味なく全裸で記者会見をやったり……。あの頃、全裸になることはなんでもなかったなぁ。劇団健康の初期の舞台では、カーテンコールですら服を着ていない人がいました。僕は僕でお客さんに対して『だまれ』『うるせえ馬鹿』『二度と来るな』って悪態をついていました。もちろん当時から、トゥーマッチなものに対する拒絶反応は一定数あったでしょうけど、やり過ぎこそが歓迎されがちな世の中ではあったと思います。今はなにかと怒られちゃう。表現にとっては、とても不幸なことだと思いますよ」

――やっぱり「不幸」なんでしょうか。

「かつてブライアン・イーノがいいこと言ってるんですよ。『そもそも芸術や文化というのは、個人が“かなり極端でどちらかというと危険な感情を体験するための安全な場所”を提供するものであり、芸術や文化がこれまで受け入れられてきたのはそうした精神状態をすぐにオフにできるからで、さまざまなアートはこういう形で人々にとっての刺激になってきたのだ』って。ところが今は“危険な感情”を想像をすることすらいけないと思われている節がある。“やってないけど思ってはいるでしょ!?”と批判されるんです。頭の中ぐらい、自由にさせろよ!って思いますよ。そこまで踏み込まれる空気が、なんでできちゃったのかな?って思うんです。このままだとどうなっちゃうのかなって、ちょっと心配。だから、これからバトンを渡す若い人たちに対して、僕が何かしてあげられることはないかなという気持ちも常にあるんですよ」

2018年の秋、KERAが紫綬褒章を受章するというニュースに触れたとき、僕の頭の中にはまず、ステージ中をビョンビョン飛び跳ね、イッちゃったような表情で目をむいて「トンガッチャッタ トンガッチャッタ トンガッチャッタヨー」(シングル『ベジタブル』のサビの歌詞)と叫んでいた1980年代のKERAの姿が浮かび、「すごいじゃん、日本もやるじゃん」と思った。
一方で、そういうかつての表現方法を封印し、老成しつつある劇作家としてのケラリーノ・サンドロヴィッチが評価されたのかもしれないと思い、少しだけ寂しい気分になったものだ。
天皇陛下と接見できるほどの大物になったケラリーノ・サンドロヴィッチは、もはや僕が知っているあのKERAではないのかな、と。

でも、近年のKERAの音楽活動と演劇活動を見て薄々感じていたことは、今回のインタビューでよりはっきりした。

KERAはやっぱり何も変わってはいない。
もちろん、表舞台からの不本意な強制退場宣告を受けないため、聡明で敏感なKERAは、時代の空気に合わせて巧みな調整をはかっているに違いないが、根っこの部分はまったくの不変なのだ。
初期衝動の熱を持ち続けているからこそ、ここまで精力的な創作と表現活動を継続でき、また僕らファンも、そんなKERAの変わらぬ根っこを感じ取れるからこそ、いつまでも応援し続けられるのだろう。

だから改めまして。高校時代からお世話になっている、一ファンとして。
KERAさん ドーモアリガト!
これからもよろしく!

文/佐藤誠二郎

「頭の中くらい自由にさせろよ!」。初期衝動の熱を保ち挑戦し続ける表現者KERAが、いま心配していること_3


【プロフィール】
ケラリーノ・サンドロヴィッチ/1963年1月3日生まれ。東京都出身。
ナイロン100℃主宰。劇作家・演出家・音楽家・映画監督など多方面で活躍。
1982年、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。インディーズ・レーベル「ナゴムレコード」を立ち上げ、70を超えるレコード・CDをプロデュースする。
1985年に「劇団健康」を旗揚げ、演劇活動を開始。1992年解散、1993年に「ナイロン100℃」を始動。1999年『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。

音楽活動ではソロ活動のほか、2013年に鈴木慶一とのユニット「No Lie-Sense」を結成、ナゴムレコード設立30周年を機に鈴木氏と共同で新生ナゴムレコードをスタート。2014年に再結成されたバンド「有頂天」や、「KERA & Broken Flowers」、「No Lie-Sense」などでボーカルを務める。2018年(平成30年)秋に紫綬褒章を受章。

公式ツイッター:@kerasand
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