「日本の暴走族はイキがっているだけ」

東海地方に暮らすカルロス(仮名)が日本に来たのは、9歳の時。祖国ブラジルで職を失った父が、先に日本に出稼ぎに来ていた。カルロスは母ときょうだいとともに、1年遅れて来日した。

ブラジルではスポーツに打ち込む少年だったが、日本に来てからは言葉が通じず、いじめに遭った。学校の先生もほとんど助けてくれなかった。カルロスはやる気を失い、非行の道に走る。

カルロスは中学の時に暴走族に入るものの、日系人であるがゆえにトップに就くことができないという壁にぶつかる。そのため、同じような日系人や東南アジアにルーツを持つ少年らを集めてギャングを結成した。当時のことをカルロスは振り返る。

「ギャングは15人くらいいたな。みんな子供時代に日本に来ているので、日本語が共通言語になっていたよ。最初は日本人を目の敵にして、暴走族つぶしとかをやった。暴走族の集会に乗り込んでボコボコにしてバイクを奪ったり、金を取ったりするんだ。日本の暴走族はイキがっているだけで、実際に根性ある奴なんていなかったから、ケンカで負けたことはなかったよ」

日系人ギャングが語るコカインの単価、隠し方、送り先、売り方…。「ヤクザは覚醒剤、不良のガキどもは大麻、俺ら日系人が扱うのはコカインって住み分けができてる」。_2
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15歳~17歳くらいは、すべてこうした恐喝や強盗で生活が成り立っていたそうだ。それだけ悪の限りを尽くしていたのだろう。やがて18歳から1年ほど、カルロスは少年院に入れられることになる。この間にギャングは解散同然になった。

出院したカルロスは、建設系の仕事をやりながら、以前の仲間を集めてギャングを再結成する。日中は建設系の仕事をし、夜はメンバーで集まって悪事を働くということをしたのだ。

この時、彼らが手を染めたのが、コカインの密輸入と売買だった。カルロスは言う。

「日本には『家系』と呼ばれるドラッグの元締めがいる。母国にコカインの工場を持っていて、世界中に散らばる親族にそれを送って密売しているんだ。

たとえば、ペルーにAというボスがいてコカインの工場を持っていたとするだろ。Aはきょうだいや親戚をアメリカ、日本、台湾、イタリア、フランス、UAEなどに移民として住まわせる。

各国に散らばった奴らは、表向きはその国でレストランやリサイクル店なんかをやっている。けど、裏では、Aからコカインを送ってもらって密売している。このネットワークのことを『家系』って呼ぶんだ」