介護、老後の問題で不安を煽るのはやめようと思った
ーーーこの連載は、介護や老後のことを楽しく考えさせてくれるのが大きな特徴だと思います。読者を楽しませるという点で意識していたことはありますか?
藤谷 バンギャルネタや趣味の切り口を入れることで、老後や介護というシリアスな問題の口当たりがよくなるんじゃないかとは思っていました。自分自身が、最初から難しい本を読んでも投げ出してしまうタイプなので(笑)。それをヴィジュアル系に関する単語で例えてみたりしました。
あと「不安を煽るコンテンツにはしない」とは、連載前から話していました。介護や老後を取り扱うにあたって、大変さや辛さを強調したくはなかったんですよね。「辛いこと=リアル」みたいな風潮があるじゃないですか。そりゃあ現実に問題は多々ありますが、そればかり煽っている記事を作ると読者は不安になるばかりだし、反対に「リアル」から遠ざかると思うんです。
蟹めんま 怖がらせるだけ怖がらせて、解決法や改善法には繋げていない記事が多かったですよね。だから、記事を作る中でちょっとバズりそうなことを思いついても、「この表現は目を引きそうだけど、怖がらせるだけになるかもしれないからやめよう」という意見が出ることもありました。
藤谷 老後2000万問題で議論が巻き起こっていた時期でもあったから、将来への不安を過度に煽るようなことはしたくないなと。実際に自分たちの力で理想の老後の暮らしをつくった人たちのケースを紹介したり、あるいは行政の窓口や情報を提示したりして、できるだけ人を不安にさせないコンテンツを作りたかったんです。
蟹めんま 私は臭いものには蓋をしちゃうタイプなので、不安を煽られると「これ以上考えたくない」って先送りしちゃうんです。逆に、「これからちょっとずつやれば大丈夫ですよ!」って言われた方が、むしろ怖いことに向き合おうという気持ちが起きるんですよね。だから、とにかく怖がらせるような記事はやめようと。このスタンスは、連載や書籍に関わってくださった人全員に共通しています。
ーーー毎回のテーマはどのように決めていましたか?
藤谷 編集の大田さんも含めた3人のグループラインで話し合いながら決めています。めんまさんが「家族の介護でこういうことがあった」とか、私が「介護のスクールでこれを習った」とか、軽い話題から広がることが多いですね。たとえば、年を取ってもロリータファッションをしたいという人はいるけど、実際どういう楽しみ方をすればいいのか専門家に聞く、といったシニアの最新ファッションに関する企画を私が提案したんです。でもファッションだと範囲が広いからヘアスタイルに焦点を絞ったらどうかという話になり、めんまさんがグレイヘアの話題を出してくれたんですよね。
蟹めんま 派手髪って元々の髪色を抜く必要があるから、白髪ならむしろやりやすいんじゃないかと思って調べてみたら、シニアの間でグレイヘアが最近流行ってると知ったんです。それを話題に出してみたらお二人が情報を付け加えてくれて、最終的に『白髪が増えるほど派手髪にしやすい!?シニア世代のヘアメイク事情を巣鴨で聞いた』という企画になりました。
「友達が大変だったらしいよ」と、親と一緒に読んでほしい
ーーー印象に残っている回はありますか?
藤谷 私は、三鷹市にある医療対応型シェアハウス「ナースさくまの家」の佐久間洋子さんにお話を聞いた、『必要なのは人間力?賃貸で理想の施設をつくった人に会いに行った』の回ですね。まず、賃貸で複数の高齢者が暮らせるバリアフリーの建物を作れることに驚きました。もちろん色々な手続きはありますけどね。この連載の中で、最初に佐久間さんに会えたのはとても大きかったと思います。「こうだったらいいな」
という妄想のヒントが現実に存在していることが嬉しかったですし、勇気をもらいました。
藤谷 そして、この話には続きがあって、佐久間さんはこの取材の後、Netflixで配信されている『クィア・アイ in Japan!』にも出演されていたんですが、その番組では介護をする側のケアにフォーカスしていました。私は取材で佐久間さんから「忙しいときは机の下で寝ることもある」と聞いたとき、「タフだな、憧れるな」としか思わなかったんですが、『クィア・アイ in Japan!』の出演者の方は佐久間さんに、「自分の心配をしなよ!」と言っていたんです。企画のコンセプトが違うから当たり前かもしれないですが、同じ人を見ていても全然違うアプローチをされていて、自分の視野の狭さを感じました。
ーーーめんまさんは、どの回が印象的でしたか?
蟹めんま 私は『V系の大先輩シマあつこさん&大島暁美さんに聞く!「老後と、仕事と、趣味の話」』の回ですね。かつてSHOXX(ヴィジュアル系専門の音楽雑誌)でコラムや漫画を書かれていた方と介護の話をすることに胸が熱くなりました。特に大島さんは”ミュージシャンとワイワイお酒を飲んで裏話を教えてくれるライターさん”というイメージだったんですが、この取材で「最近は当時一緒に仕事をしていたミュージシャンとも老後や介護の話をするようになった」と仰っていて、すごくいいなと思いました。
ーーー非現実的なイメージのヴィジュアル系と老後や介護のことは親和性が低いように感じますが、人間ならだれでも当たり前に直面する話ですもんね。
蟹めんま 極端な話、介護や老後の問題に直面したらロックの世界とは縁が切れちゃうんじゃないかという先入観が私の中にあったんです。でもそうじゃないんですよね。ロックの世界と介護や老後という人生に当然起こる問題は地続きなんだなと思いました。
ーーー『アラフォーのバンギャルがエンディングノートを書いてみた』では、メーカーのコクヨさんと一緒に、お二人で実際にエンディングノートを書かれていましたね。
藤谷 取材のあと、親にも渡しました。めんまさんの親御さんも、記事を見て書いてくれたそうですね。
蟹めんま そうなんですよ。うちは昨年父が急死してしまったんですが、生前に記事を見てエンディングノートを書いていてくれたので、銀行手続きや相続がなんとか滞りなくできました。名義人が亡くなったことを銀行が把握すると、その瞬間に口座が凍結されるんです。下手すると葬儀代はおろか、遺された母の分の生活費も引き出せなくなるところでした。
ーーーこれはびっくりですね。
蟹めんま 4年前、祖父が寝たきりになったときも銀行口座からお金を引き出すのがとにかく大変で。銀行によって対応は多少違うかもしれませんが、うちの場合は、祖父の個人情報を祖父自身に言ってもらわないといけなかったです。銀行が開いている時間に、家族の一人が窓口に行き、もう一人は祖父の病床で銀行窓口からの電話を受け、祖父の耳元に受話器を置いて。しかも電話の介助はしても「こう言って」と促したりせずに自発的に言ってもらわないとだめでした。祖父は意識が朦朧とすることが多かったのでなかなかうまくいかなかったんです。
藤谷 まるでトライアスロンのようですね。平日の昼間に家族が二人も動かなければいけないのは、ハードルが高い…。
蟹めんま 持ってる銀行口座の数を把握しておくことも大切です。エンディングノートを書いてもらうまで、親がいくつ銀行口座を持っているかすら知りませんでした。相続が終わってから通帳が出てきたりするとものすごく面倒なことになります。さっき「怖がらせる表現はしたくない」と言ったそばから怖い話をして申し訳ないんですが、経験した側からすると、銀行関係はかなりシビアでした。だからエンディングノートもそうだし、この本も活用して欲しいです。親への切り出し方で悩んでいる方は、私のことを「友達」と言ってもらってもいいので(笑)、「友達の家が超大変だったらしいから、一回読んでみない?」「エンディングノート書いてみない?」って提案してみてほしいです。急死する可能性は誰にでもあるので、「この年齢になったら書く」という話でもないですしね。
オタク活動も介護も情報戦
ーーーちなみにお二人は、バンギャルの友達と老後や介護などの話もしますか?
藤谷 私は割とよくします。地元でも職場でもない場所で繋がる趣味の友達は、ある意味ライトな関係だからこそ、プライベートな話も気兼ねなくできると思うんです。家庭や職場とは違う第三の場所としての、趣味の友達って大切だと思います。あと趣味の友達から知見が集まることもありますよね。仕事や居住地、年齢もバラバラだからこそ、「私が親の介護をしたときはこうだった」って年配の方が教えてくれたり、「こういう制度があるよ」って専門職の友達が教えてくれたり。
蟹めんま 私が介護や父の死後手続きで大変だったとき、バンギャルの友達からは「大変だね」みたいな慰めの言葉よりも、「これを見ろ!」と役立ちそうなサイトのURLがポンポン送られてきました(笑)。
藤谷 思いやりの言葉ももちろん大切ですが、それよりまず解決策や対策法を伝えようとするのは、趣味の友達ならではなのかもしれないですね。深い事情は知らないけど、それに関わる情報は知ってるから役立ててくれ、みたいな。チケ発(※)のようなオタク活動と同じように介護も情報戦ですからね。
蟹めんま 介護は本当に情報戦だと思います。実は数か月前、母が足腰を痛めて動けなくなってしまったんですが、介護保険を使ったサービスを受けられるようになるまで、家事も含めて完全に私のワンオペになったんです。私はこの連載で、“高齢者のことで何か困ったらまず地域包括支援センターに飛び込む”ということを学んでいたので事前に相談済みでしたが、何も知らなかったらどこに行けばいいのかわからないし、わかっていたとしても飛び込むハードルは高かったと思います。家事や介護をワンオペで担っている状態だと、イチから調べる時間もないので。一カ所でも頼れる場所と繋がれれば、そこで色々案内をしてくれるので、その先は割とスムーズなんですけどね。
ーーーワンオペ状態となると、なかなか外出もできないですね。
蟹めんま 今はだいぶ回復したんですが、療養を始めた初期の母は一人でトイレに行くのも難しい状態だったので、私は絶対にコロナに感染できないというプレッシャーもあり、この半年で4回くらいしか外出していないですね。ライブなんてもっての外です。人と喋ったのも今日が久しぶりですね。
ちなみに私は昨年の11月、どうしても行きたかったライブに結局行けず、当日は楽しそうな現場組の友人達が羨ましすぎて発狂してました(笑)。
藤谷 めんまさんは漫画にも羨ましい、妬ましいという気持ちを赤裸々に描かれますよね。
蟹めんま 羨ましいが度を超すと腹が立ってくるんですよ(笑)。これは人間だからしょうがないと思うんです。でも“羨ましい”のであって、決して“憎い”訳じゃないんだと自分に言い聞かせないと攻撃的な厄介者になってしまいそうで。漫画にガンガン描くのも言い聞かせの一環です。現場にたくさん行ってることは決して悪じゃないし、その人から攻撃されているわけでもない。むしろタイムラインの友人らはライブに行けなかった私を心配してくれているんです。だから「憎い!」にならないように積極的に「羨ましい!妬ましい!」と吠えるようにしています。
藤谷 私はそういう感情整理の仕方をめんまさんからすごく学んでいます。
蟹めんま エッ!そうなんですか?!全然整理しきれていませんが、そう言っていただけると救われます(笑)。今は地域包括センター経由で福祉に頼っているので、引きこもりがちではありますが、わりと落ち着きました。
藤谷 そんなめんまさんを見ていて思ったんですけど、同じワンオペでも、子育て中の友達に「赤ちゃんに会いたいから家に行っていい?」とは言えるじゃないですか。でも、介護中の友達の家に「行っていい?」とは言えない。そこは介護ならではの難しさがあるのかなと。
蟹めんま そうなんですよ。介護家庭って周囲もどう接したらいいかが悩ましいですよね。私も、「この話をしても、相手は反応しにくいだろうな」って思うことが多いんですよ。SNSでもタイムラインの腫物になりたくないから、どこまで愚痴を呟いていいか悩みます。でも自分が当事者になって身に染みたんですが、茶化せるなら茶化して吐き出すのがいいですね。これについてくわしくは、ぜひ本書を読んでいただきたいんですが、介護エピソードを推し活に例えて話すようにしています。たとえば祖父の介護の時は「祖父の介護をしてる」じゃなくて「祖父のローディー業をしてる」って言ってました。オタクはこういうの得意分野ですよね。
藤谷 この本は全体的にそういうノリでつくりましたね。訪問介護のアルバイトを始めて思ったんですが、介護って一口に言ってもその人が置かれた状況や症状によってさまざまで個別性が高いんですよね。大抵の人が通る道ですから、介護に関わっている色々な立場の人たちが、どんどん発信していけるといいなと思います。
文/南明歩
※チケ発…チケット発売日にインターネットや店頭などでチケットを購入すること。早い整理番号を取るために、またはキャパシティの少ない会場のチケットを取るためにバンギャルは争奪戦を繰り広げる。人より早くチケットを購入するためのさまざまなノウハウがバンギャルの間でシェアされており、情報戦となっている。