エスニックタウンを先駆けとした“新大久保”とその例外的な発達

こうした状況には、もちろん歴史的経緯がある。もともと新大久保は、韓国系を中心としたエスニックな人びとを受け入れ成長してきた。近隣にある国際学友会の近くのアパートがもともと留学生を受け入れていたことに加え、バブルの膨らみとともに1980年代以降、移住労働者も増加し始める。

なかでも本国での旅券発行条件が緩和して以降、歌舞伎町で働く韓国から来たホステスが数多く暮らし始めることで、新大久保は韓国色を強めたのである。

新大久保はこうして池袋や高田馬場など、後に成長する他のエスニックタウンに先駆け、20世紀末より停滞する東京のなかで例外的な発達を遂げた。とはいえ現在の新大久保のにぎわいは、まったくその延長線上にあるわけではない。

少なくとも表面上、近年の新大久保はエスニックな人びとのためではなく、むしろ若い日本人のための街として観光地化されている。

K-POPやKドラマ好きは“自分の容姿に自信がある勝ち組”!?  新大久保の街の変化から見る“韓流ファン”の正体とは_3

その代表が、イケメン通りである。かつて移住者のためのアパートやホテルが立ち並んでいたその路地に、東方神起などの人気を受け、2010年頃より韓国料理屋やアイドルグッズ店が立ち並び始める。そうして今ではかつてのような移住者ではなく、日本の若い女性たちを集めることで、その通りは日本でもおそらく有数のにぎわいをみせているのである。