推しを持つ多くの人は、推しとどうにかなりたい訳ではないと思う。それなのに、推しの身に何か起きることに、なぜ一喜一憂してしまうのだろう。どうにかなりたい訳ではないからこそ、どうにもならない思いが残るのではないだろうか。

 どうにもならない思いを抱えたときにおすすめなのが、『ニシノユキヒコの恋と冒険』だ。

『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美/著(新潮社)
『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美/著(新潮社)
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 年齢の違う十人の女性が、それぞれの視点からニシノユキヒコとの交情の思い出を語る連作集である。ニシノユキヒコは器量がよく女性に優しくとてもモテる。でもなぜか、女性たちは彼の元を去ってしまう。だから十のお話は、恋(または恋未満)の話でありながら、すべて別れの話でもある。

 どうしてこんなにも、愛しあいきることができないのか。ニシノユキヒコと女性のどうにもならなさが、川上弘美さんの文体で美しく浮かび上がる。

 作品の大きな魅力のひとつは、別れを決断する女性たちに、前を向こうとする仄かな明るさがあることだ。ある人はユキヒコの幸福を祈り、ある人はいい思い出だけにはすまいと誓う。この本を開けば、十人の女性の語りの中から、立ち直り方のヒントがもらえるかもしれない。


 誰かへの強すぎる「好き」と向き合う元気が出てきたら、『あなたはブンちゃんの恋』はどうだろう。

『あなたはブンちゃんの恋』宮崎夏次系/著(講談社・全5巻)
『あなたはブンちゃんの恋』宮崎夏次系/著(講談社・全5巻)

 美少女のブンちゃん(作中明言されないが可憐な外見をしている)と、幼馴染の女の子の三舟さん、二人の目の前で亡くなったシモジ(悪霊)の三角関係が軸となるこの漫画は、とにかく予測不能な展開をする。

 三舟さんに片想いしているブンちゃんは、「私は三舟さんのこと以外は大事じゃない」と言い切り、失恋のショックで丸刈りにして入寺しようとする。悪霊のシモジが自分の周りをうろうろしていようと無関心だ。

 三舟さんがブンちゃんに恋愛相談をするシーンがある。ブンちゃんはそのことを「(電話で)二時間もしゃべったりするなんてはじめて 私はケイタイ代のためだけに働いてるな」と語る。

 どんな形でも三舟さんとつながることを求めているのに、本人に会うとそっけなくしたり、わざと遠ざけたりしてしまう。ブンちゃんの行動はぶっとんでいる。でも、その根底にある、片想いのひりつくような熱情は、他人ごとに思えない。好きな人がいること、報われなくても、どうにもならなくても、ただ好きな人がいることの、「毎日がその人のために光っちゃうような」あの感じを、時にクレイジーに、時に繊細によみがえらせてくれる。

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