両チームに点が入りそうもない白熱の投手戦。そんな試合を実況中継する解説者は、たいていこんな言葉を口にする。
「怖いのは一発ですね」
一発とは、すなわちホームラン。ホームランであれば、ランナーの有無とは無関係に一振りで得点できる。だから、一発が怖いのだ。
これからサッカーの話をしようというのに、いきなり野球のたとえ話で恐縮だが、そもそもロースコア決着が多いサッカーの試合は、なかなか点が入らない野球の投手戦に似ている。
と同時に、サッカーにおいてもまた、野球と同様に一発の怖さをはらむプレーは存在する。それが、コーナーキック(CK)やフリーキック(FK)。いわゆるセットプレーだ。
どんなに攻勢に試合を進めていても、相手に守備を固められてしまえば、得点するのは難しい。だが、そんなときでも敵陣で得たセットプレーを生かすことができれば、得点の可能性は確実に高まる。事実、サッカーにおける全得点の3割は、セットプレーから生まれると言われているほどだ。
劣勢だったチームが1本のセットプレーを生かして得点し、勝利に結びつける。あるいは、強豪チームが格下のチーム相手に守備を固められて苦しむなか、セットプレーを生かした得点で勝利を呼び込む。1点の価値が重いサッカーでは、そうした試合が珍しくない。
要するに、セットプレーは勝負を決める非常に重要な武器なのである。
ところが、最近の日本代表は、攻守両面でセットプレーを苦手としている。セットプレーからの得点が少ない一方で、逆に失点は多く、“一発に泣く”ケースが少なくない。
【W杯展望】攻守両面で鍵を握るセットプレー。森保ジャパンは懸案の“一発病”を克服できるか
セットプレーからの得点が極端に少ない一方で、逆に失点は多い――これは近年の日本代表の特徴であり弱点だが、結局、改善する気配のないままW杯本番を迎えることとなった。森保ジャパンがドイツやスペインといった強豪相手に勝利するには、攻守ともにセットプレーが鍵を握るのではないか。
サッカーの得点の3割は、セットプレーから

直前のカナダ戦でも見せた“悪癖”
今年3月のワールドカップ・アジア最終予選を振り返っても、グループ最下位のベトナム相手にCKから失点。どうにか同点に追いつきはしたが、まさかの引き分けに終わっている。
繰り返される悪癖には、残念ながら改善が見られない。そんな不安をさらに駆り立てる結果となったのが、11月17日に行われたカナダとの親善試合である。
現在、ワールドカップに向けた直前キャンプ中の日本代表は、本番前最後のテストマッチとしてカナダと対戦。前半8分に幸先よく先制しながら、同21分にCKから失点すると、後半終了間際にはPKを与え、あえなく逆転負けを喫した。
しかも、CKから許した同点ゴールが、一瞬のスキを突かれたようなアクシデント的要素が強いものではなかったのだから、なおタチが悪い。
この試合で相手にCKからのヘディングシュートを許すシーンは、失点を喫する以前の時間から、すでに2度も起きていた。にもかかわらず、修正が図られないまま、3本目のCKをついには押し込まれたのである。
「本番に向けてしっかり修正しないといけない。前半から、流れのなかでというよりセットプレーでピンチになる場面が多く、実際に失点している。そこは本番に向けて準備しないといけない」
森保一監督がそう語り、危機感を抱くのも当然だろう。
とはいえ、日本代表の“一発病”は今に始まったことではない。前述のベトナム戦に限らず、セットプレーからの失点で試合を難しくしてしまうケースは、これまでに何度も見られてきたものだ。
善戦どまりは勝負弱さのあらわれ
それでも、日本がセットプレーによる攻撃を得意とし、失点も多いが、得点も多いというならまだいい。
しかし、実際はセットプレーの攻撃もまた苦手としている。全10試合を戦ったアジア最終予選でもセットプレーからの得点はひとつもなく、その後の試合を振り返っても、8月のE-1選手権(東アジア選手権)でCKから佐々木翔がヘディングで決めたゴールがあったくらいだ。
およそ10数年前にさかのぼれば、日本代表にもセットプレーを武器にしていた時代が確かにあった。
中村俊輔や遠藤保仁らの優れたキッカーだけでなく、田中マルクス闘莉王や中澤佑二というヘディングに強い選手も擁していたからだ。2010年ワールドカップ南アフリカ大会では、日本代表が大会前の低評価を覆してベスト16進出を果たすなか、本田圭佑と遠藤が鮮やかなフリーキックで得点したことを記憶している人は多いだろう。
試合内容の良し悪しにかかわらず、より勝利の確率を高めるには、セットプレーからの得点が不可欠。だが、悲しいかな、今の日本代表にはそれがない。
現在の日本代表は、海外組の選手が圧倒的多数を占めている。10数年前には考えられなかったほど、豊富な戦力を有していると言ってもいいだろう。もはやワールドカップで対戦する世界的スター選手でさえ、彼らにとっては日常的な対戦相手だ。
ところが、せっかく戦力が揃い、どんな相手にも内容的には悪くない試合ができるようになっても、セットプレーを生かして勝利をかすめ取っていくようなしたたかさは見られない。
いくら試合内容がよかったところで善戦止まりで終わってしまえば、むしろ“勝負弱さ”を印象づける材料にさえなりかねない。
世界的に見ても、セットプレーの重要性は高まる一方だ。各チームがセットプレー専門のコーチを置き、分析にも力を入れる時代に入っている。日本代表にしても、新たにセットプレー担当として上野優作コーチを迎え入れ、改善に動いてはいる。
しかし、事態は一向に改善する気配を見せていない。
長らく続く“一発病”を克服できるか否か。来たるワールドカップでの日本代表を占ううえで、重要なカギとなることは間違いない。
取材・文/浅田真樹 写真/AFLO
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