オーガスタ・ナショナルGCというコースは、マスターズを開催するにあたって、何回か改修をしています。今年も11番と15番のティーグラウンドを後ろに下げて、トータルで7500ヤードを超えるセッティングになりました。
どうしてそういう改修をするかといえば、クラブやボールの進化で開場当時と比べると格段に飛距離が出るようになっている現実があるからです。けれど、グリーンの形状によっては、(高く上がってボールが止まりやすい)ショートアイアンじゃないと乗せにくいホールがあります。
例えば、5番ホール。あそこは、ジャック・ニクラウス(マスターズ6回優勝)のアドバイスで距離を伸ばしたんです。ティーショットの飛距離が伸びたことによって、みんながショートアイアンで狙えるようになったら意味がないと。つまり、グリーンを狙う番手を考えた距離を一番大切にしている。
それはマスターズの創始者、ボビー・ジョーンズの「ゴルフとはオールドマン・パーと仲良くすること」という考え方、つまり、同伴競技者などに惑わされることなく、スコアカードのパーを相手に冷静にプレーするという思想があるわけです。
実際、私が取材に行くようなった1970年代のマスターズは、パープレーならだいたいトップ10以内。それが時代とともに12位になり15位になり……。要するにパーの価値が落ちてきてしまった。それをオーガスタ・ナショナルGCとしては上げたいと。
ただね、一方で30アンダーとかのスコアが出ちゃっていいじゃないかとも思うわけです。以前、倉本昌弘プロ(前PGA=日本プロゴルフ協会会長)が言っていたんだけど、イギリスのセントアンドリューズは400年前にできたコースで、あのコースを改修したら終わりだね、と。
なぜかと聞いたら、セントアンドリューズでは、約150年前から全英オープンが30回近く行われているけど、スコアはその時々のものがその時代のベストなんですよね。それが、100年以上経って30アンダーになったということは、その期間のゴルフの進化がわかるじゃないですか。だから尺度として残しておいてもいいんじゃないか、という考え方ですね。
ただ競技としては、20年前くらいまでは1日2アンダー、4日間で8アンダー。これくらいがベストといわれていました。なぜか。これくらいだともう本当に団子状態になるんです。誰が勝ってもおかしくない。だから競技として、イベントとしては、ものすごく面白い。たぶん、今は1日3アンダーくらいになっているんじゃないかと思います。ちなみに、去年の松山英樹の優勝スコアは10アンダーでしたね。
マスターズは「競う」ではなく「演じる」。 面白くなければ観客が帰ることもある特殊すぎる舞台
今年もいよいよ4月7日に開幕するゴルフの祭典、マスターズトーナメント。昨年は、松山英樹がアジア人初優勝を飾り、テレビ中継の放送席まで(!)、感動に包まれたが、今年はいったいどんなドラマが待っているのだろう。開幕を前に、マスターズの歴史や記録などを振り返り、「観戦力アップ」を目指すべくスタートした短期連載。第2回のテーマは、マスターズの舞台となるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ(GC)。オーガスタの女神は、世界中から集まるマスターたちにどんな試練を与え、魅了してきたのか。マスターズ取材歴40回以上を数える、JGA(日本ゴルフ協会)公認ライターでゴルフ評論家界のレジェンド、三田村昌鳳さんに話を聞いた。 (画像/Getty Images)
短期連載・マスターズはなぜこんなにも「特別」な大会なのか
第2回 オーガスタ・ナショナルGCの魔力

中嶋常幸プロは現役時代も今もマスターズの「特別さ」を語っている。写真は1983年の大会
「オールドマン・パーと仲良くする」。その意味とは?

2019年にマスターズ5度目の優勝を果たしたタイガー・ウッズ。彼はマスターズでの精神力の重要性に言及している
マスターズは国立劇場で「演じる」トーナメント
昨年の中継で感動のあまり涙した中嶋常幸プロ(マスターズ11回出場、最高順位8位)に、40年ほど前に「マスターズと全米オープンはどう違うの?」と聞いたことがあるんです。彼は4大メジャーすべてに出ている。その彼が、「全然違います。マスターズは国立劇場、全米オープンは国立競技場。マスターズは国立劇場で演じる、全米オープンは国立競技場で競うんです」と。
これは本当に言い得て妙で、プレスインタビューなどでもマスターズでは「戦う」という言葉は出ないんです。どちらかというといいパフォーマンスを発揮したいというような言い回しが多い。ところが全米オープンになると、もろにアスリート的なコメントが多くなるんですよ。
オーガスタは国立劇場だから、その観客であるギャラリー(パトロンと呼ぶ)はとても目が肥えています。例えば、パー5のホールでティーショットが2オンを狙える場所まで飛んだのに、理由もなく狙わずに刻もうとするとブーイングやため息が出たりする。
中嶋プロはマスターズに初出場した1978年に、13番パー5で13打を叩いたことがあるんだけど、彼が言うには「13番のセカンドショットは、相当なつま先上がりから3番アイアンで軽いフェード(右曲がりの球)を打てって、コースは要求するんですよ。もうどうやって打ったらいいんだか」と。これ、普通に打ったらドロー(左曲がりの球)ですよ。じゃあ、そういう状態で2オンを狙うとき、どのくらいの自信があったら打つのか聞いてみたら、「85%以上の自信がなければ刻みます」って。
イーグルの誘惑があればダブルボギーの試練もあり得る。それでも攻めていく勇気と自信が持てるか、常にコースに試される。タイガー・ウッズは「オーガスタ・ナショナルGCはフィジカルテストだけでなくメンタルテストも強いられる」と言っています。
マスターズは国立劇場だから、パフォーマンスが面白くなければ観客は帰っちゃうみたいなことまであるわけです。一方、国立競技場だと、ただタイムを競ったり、遠くに飛ばしたり、いいスコアを出したとか、そういうことだけが注目される。その大きな違いがマスターズにはある。まさに魅力と魔力が混在しているのがマスターズなのです。
(第3回「こだわり抜かれた演出」に続く)
第1回「憧れの祭典の始まり」はこちら
取材・文/志沢 篤
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