古くは共通一次、その後センター試験、現在は共通テスト。名称は変わっても、例年1月中旬に行われる大学入学の関門の持つ意味合いは、多くの若者にとってけっして軽くない。
本来は今年1月、そこに挑むはずだった少年は、自ら起こした事件によりその資格を失い、巻き込んだ人たちの人生をも大きく狂わせた。「卑劣」や「未熟」という言葉で片付けるにはあまりにも切ない事件だ。
〈初公判〉「偏差値70台だ!」「東大を受験するんだ!」…名門高生徒による共通テスト東大前刺傷事件。父親が語る面会時の様子「被害者の方に申し訳ない気持ちだと言ってました」
2022年1月、東京大学正門前で、大学入学共通テストの受験生ら3人を包丁で刺したなどとして、殺人未遂などの罪に問われた少年(19)に対する裁判員裁判の初公判が10月12日、東京地裁で行われ、少年は起訴内容を認めた。

事件当日の東大の様子
少年は昨年1月15日午前8時過ぎ、大学入学共通テストの会場でもあった東京大学(東京都文京区)正門前の路上で、通行人の70代の男性の背中を包丁で刺して重傷を負わせ、受験生の男女2人に軽傷を負わせた。その直前には東京メトロ東大前駅で点火した着火剤を投げるなどしており、警視庁は少年を殺人未遂や威力業務妨害などの容疑で逮捕した。
当時少年は愛知県で文武両道の名門として知られる私立東海高校の2年生で、事件当日は高速バスで上京、凶器の包丁の他にもノコギリやツールナイフ、可燃性の液体などを所持しており、詰襟の学生服姿で犯行に及んだ。
現場で警備員に取り押さえられた際、少年は「来年東大を受験します」「偏差値70台だ!」と叫んだという。

少年は犯行当日、東大へ向かう前に東大前駅構内に火のついた着火剤を次々と投げ捨てた
当時17歳だった少年は、少年法に基づき名古屋家庭裁判所に非行事実を送致されたが、同家裁は刑事処分相当として検察官送致(逆送)を決定。その内容によれば、少年は高校入学後、最も偏差値の高い東京大学理科三類(概ね医学科に進む)進学を希望していたが、成績低迷により教諭や父親から進路変更を勧められて自分の存在意義を見失い、現実逃避のため自殺を試みたが実行できなかった。そのため、通行人を殺傷して安田講堂前で切腹すれば、罪悪感を抱いて自殺できると考えて犯行に及んだという。
少年は逮捕・送検後、刑事責任能力の有無を調べるための鑑定留置を経て家裁に送致された。家裁は昨年6月、少年が勉強に没頭し、それ以外の交友等から距離を置いたことなどにより情緒面の発達が未熟なまま「他者と差をつけなければならないという価値観に強く囚われていた」と指摘。
これを受けた東京地検が昨年7月、殺人未遂や威力業務妨害などの罪で少年を東京地裁に起訴。そして今回の初公判で少年は「被害者のお三方には心と体に傷を負わせてしまい、大変申し訳なく思います」と述べた。
同年の女性へ「結婚を前提にお付き合いしてください」と突如、告白
少年は、愛知県内の私立大学を卒業後、母校に就職した父親と、岐阜県出身の母親との間に長男として生まれた。家族は弟と2人の妹を加えた6人で、名古屋市名東区の分譲賃貸マンションで仲睦まじく暮らし、地元の公立中学校では吹奏楽部でクラリネット奏者として活躍するなど明るく社交的な少年に育った。
小学校時代から成績優秀。中学時代も常にトップクラスで、受験を突破して名門・東海高校に進学した。同校は一学年440人のうちおよそ400人が“内来生”と呼ばれる東海中学からの内部進学者で、少年は“外来生”として名門校で覇を競うことになった。
しかし、少年にはこの時点で若干のコンプレックスがあった。高校受験で開成高校(東京都)、ラ・サール高校(鹿児島県)、西大和学園(奈良県)の難関3校も受けていたが、すべて不合格だったという。東海高校には一学年上に少年と同じ中学出身で、かつこの3校全てに合格した先輩がいた。
この先輩は東海高校1年次に学年1位の成績をおさめており、対抗意識に駆られた少年は医師をこころざし、志望大学の目標を日本一の最難関という理由で東大理三に設定した。

東京大学赤門前
高1の夏休み、少年は仲の良かった中学時代の同級生でつくったLINEグループにこう投稿して突然、退会した。
<すべては理科三類のため。連盟よ去らば>
連盟とはこのLINEグループのこと。“不退転の決意”が奏功したのか、少年は以降の学力考査で学年のトップ20に食い込むようになり、高2進級時には成績優秀者を集めた「A群理系」のクラスに滑り込んだ。東大や京大の理系学部を含め、国公立大医学部の進学を狙えるレベルのクラスだという。
ところが、脇目も振らず勉学に勤しんでいたはずの少年は、生徒会長選に立候補したり、好意を寄せられながらもそれまでは見向きもしなかった同学年の少女に突如「結婚を前提にお付き合いしてください」と電話するなど、雑念に苛まれ始めたのか、成績も急降下。

在学時代の少年の写真
東大理三を目指すならば、学年トップクラスの成績が必要とされる東海高校で100番以内にも入れなくなり、高2の秋の三者面談で「進路変更」を打診される。そして、どこか狂った歯車が少年の内面をズタズタに破壊していたことに周囲が気づかぬまま、事件は起きた。
逮捕後の取り調べで、少年はこう供述している。
「東大理三合格はおそらく無理だ。それなら自殺する前に人を殺し、罪悪感を背負って自殺しようと思った」
事件から1年がたった今年1月、少年の父親は、取材に訪れた記者に深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありません、まだ裁判が終わってないので被害者の方にもお詫びができたりできなかったりで、謝ることしかできないです、いろいろな方にご迷惑をおかけして本当にすみません」
――息子さんの面会には行かれていますか。
「それもなかなか行けてなくて、弁護士さんにお任せしてますので、あまり知らないところもありますが、なんとか反省して過ごしてるようです」
――ご近所のみなさんがご心配されていました。
「みなさん挨拶してくださり普通に接してくれて感謝しかないです。事件があってたくさんの人が来たのでだいぶご迷惑をおかけしてしまったのに……。本当になんであんなことになったんだろうと思います。命はかけがえのないものだと言い聞かせてきたのに足りなかったのかなとか思うところはあります」

少年の自宅
――事件前日の息子さんのご様子はどうでしたか。
「それがわからなくて……前日からいなくなってたもんですから家族で血眼になって探してたんですよ。いなくなる前も普通だったもんですから、本当何も変わらずで」
――18歳になった息子さんと成人の日に会えないのは辛いですね。
「そうですけど、やっぱりまずは被害者の方に早く回復していただきたいなって気持ちです、息子はその次ですね」
――ご家族の生活の状況や影響はどうですか?
「加害者側がこれを言ってはいけないと思いますが、全然元になんかは戻れてないです。まわりの目が気になったり、弟や妹が学校に行けない日もあったりとか。まだ小さいので、わかっていない部分もあって。」
――お子さん達がお兄さんの状況をちゃんと理解してないんですか?
「面会には数回一緒に行ったりもしたんで多少は理解してると思いますけど」
――息子さんのご様子はどうでしたか。何をおっしゃってました。
「元気ではなかったです。被害者の方に申し訳ない気持ちだと言ってました」
――いつごろのことですか。
「家庭裁判があった時(2022年6月)くらいに面会しました」
――最近は会われてないんですか?
「そうですね、手紙のやり取りはしてますので。すみません弁護士にも喋るなと言われてますので、失礼します」
祝日でスウェット姿の父親は、取材中何度も謝罪し、最後も深く頭を下げて子供たちの声がする家の中に戻っていった。
取材・文/集英社オンラインニュース班
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