その立ち上げから推進まで携わったのは、出版社からIT業界に転身、WEBのメルカリマガジン編集長を務める、宮川直実氏。そこで今回のプロジェクトの意図や企画への思い、今後に描く未来から「小説×モノ」の魅力までを伺った。
――まず、メルカリがこの企画を推進した意図はなんですか?
宮川 メルカリというサービスの「外」のタッチポイントとしてTwitterを活用し、さらに成長させていきたいという狙いがありました。2022年12月現在は135万人ほどまでフォロワーが増えましたが、この企画を始めた当初は21万人でした。どうしたらもっとフォローしていただけるか、メルカリを使っているお客さま以外にも興味を持っていただける切り口は何かと考えた時、「ストーリー」が候補として挙がったんです。
現在は「メルカリShops」というBtoCのマーケットプレイスも展開していますが、元々メルカリはCtoCの個人間のサービスから始まりました。思い入れのあるモノを出品される方もいますし、ライフスタイルの転機に必要なモノを購入される方もいます。ライフストーリーと密接に関わったサービスなので、「モノ×物語」の親和性が高いと感じていたんです。
――そもそも、ご自身が出版社勤務の文芸編集者からIT業界に転身され、現在はメルカリマガジンの編集長ということで、そのキャリアが活かされている?
宮川 当時、オウンドメディアのリニューアルをコンセプトも含めて考えてほしいとお声がけいただいて。今はコンテンツ制作事業全般に携わる「コンテンツチーム」のマネージャーをしています。メールマガジンやアプリ内の記事制作、ハロウィンや年末などモーメントに合わせたコンテンツ設計、オウンドメディアやSNSの運営などを担当してきたチームです。
アプリを開いていない時でもメルカリを思い出していただいたり、関心を持っていただける面白くて役に立つコンテンツをお届けし、多様なライフスタイルとサービスの架け橋になるタッチポイントを増やしていくことをミッションとしています。
でも今はインターネットに日々膨大な情報が溢(あふ)れていて、ただ伝えたいことを流すだけでは届きませんよね。どういう形や文脈なら、より多くの方に届けられるかを考えています。
総インプレッション数1.26億! メルカリが「モノ×物語」戦略を仕掛けた理由
これほど豪華な顔ぶれが一堂に!?と驚く異色のアンソロジー『モノガタリは終わらない』(10/26、集英社)が刊行された。本書は、フリマアプリ最大手「メルカリ」が2020年から2022年にかけてTwitter上で取り組んだ連載企画で、実に21人ものベストセラー作家が投稿した短編を一冊にしたものだ。
メルカリと親和性の高い「ストーリー」

出版社からIT業界に転身、Twitterでの小説プロジェクトを企図した宮川氏
――紙の編集者時代からはだいぶ業務内容が変わったのではないでしょうか。
宮川 そうですね。ただ、コンテンツを作って届けるという基本は同じです。そこにマーケティングやブランディングの要素も入ってきますが、「企んで新しいシーンを作る」仕事という意味では、あまり変わっていないのかなと思います。
――結果、キャンペーンは総インプレッション数1.26億という大反響で、錚々(そうそう)たる作家たちが名を連ねたことも話題に。作家を選定した際の意図とは?
宮川 ひとりの読者として「この作家の作品を読みたい」という方々にお声がけしたいと思いました。「すべてのモノには物語がある」という企画のコンセプトをどんな風にくみ取っていただき、小説として立ち上げていただけるだろうか……そんな期待がありました。
その上で、作中のモノを「捨てない」ことを前提に「モノとの出会いと別れによって生まれるドラマ」というテーマでご依頼していきました。物語や小説のファンの方に楽しんでいただきたかったので、作家の方には自由度を持って書いていただくことが大事だと考えていたんです。
メルカリの宣伝をするというより、私たちのサービスが提供する価値をストーリーで表現していただくことが意図なので「必ずしもメルカリを出さなくていい」こともお伝えしていましたね。ただ、伊坂幸太郎さんが作品中に“メルクカリウス”という魔導士を登場させていたり、皆さんがそれぞれの形でサービス精神を発揮してくださっています(笑)。
伊坂幸太郎さんからいただいたアドバイス
――Twitterでの連載も初めての試みで、依頼する難しさも?
宮川 最初はお見せできる具体例もないので、デザイナーに作ってもらったプロトタイプなどをお見せしながら、できるだけ丁寧に打ち合わせをさせていただきました。
――最初に引き受けてくださる作家さんも重要でしょうが、どなたから……。
宮川 伊坂幸太郎さんです。出版社時代に担当させていただいていて。ただ、私もこういった依頼をするのは初めてですし、それまでは作家さんの書きたいテーマを起点にすることが多かったので、最初は「モノ×物語」という大きなくくりだけを用意していったんです。先ほども言ったように、あまりテーマを狭めすぎないほうがいいのかなという思いがあり。
ただ、さすが伊坂さんなのですが、「もう少し設定があったほうが面白い」と逆に提案してくださって。その後、やりとりの中で「人から人にモノが渡る」というメルカリらしいテーマ設定に落とし込まれていきました。
――伊坂さんらしさが満載の短編に仕上がっています。
宮川 全方向にボールを投げてくださった感じですね。ファンの方も喜んでくれそうな“伊坂作品”を体現していただき、さらにTwitter連載として読むことも考慮してくださったんです。
Twitter上では、小説を画像データとして本のページのようにレイアウトし、その画像を1時間ごとに4枚ずつ、ツリーにして配信するという設計にしていました。1回の配信が短い分量でもワクワクし、物語の力で1時間後に続きを読みたいと思ってもらいたい――。打ち合わせでは、そんな話をしましたね。今考えると無茶な注文をしているのですが(笑)。
伊坂さんからいただいた原稿は、途切れても引きがあるように異世界と現実世界を行き来する構成になっていたり、最後の配信で明らかになる謎があったりと、Twitterでこそ生きる仕掛けがたくさん盛り込まれていました。Twitter連載という形式を考えた構成で、読者にも企画にも向き合って書いてくださった。しかもすごく面白くて……感動しました。

宮川氏は愛おしげに「物語が一番面白いし、最強」と思い入れを語る
21人の作家が紡ぐ「モノ×物語」
――最初に伊坂さんにお受けいただいたのは、次の作家さんに繋がる意味でも大きかったのでは?
宮川 そうですね。「Twitterでベストセラー作家の新作が読める」ことを打ち出していたので、伊坂さんにお引き受けいただくことで、このプロジェクトのカラーが伝わる部分はあると思っていました。その後、本当に素晴らしい書き手の皆さんがコンセプトを面白がって引き受けてくださって、嬉しかったですね。
せっかく「Twitter×小説」という異色のコラボなので、様々な業界で活躍されている作家に入っていただくと、さらに広がりが生まれます。岩井俊二さん、尾崎世界観さん、藤崎彩織さん、水野良樹さんなどにもお声をかけさせていただきました。
――多方面の表現者に依頼ができたことは、楽しかったのでは。
宮川 そうなんです。あと出版社にいると、既に担当編集がついている書き手の方とは仕事をする機会があまりないのですが、今回は気にせず依頼できたのも新鮮で、ヤッターという感じでした(笑)。
「モノとの出会いと別れ」というテーマは、アイデアが広がるお題だと思いますし、どこに着眼するかは作家の世界観や作風と直結します。この作家が「どんなモノ」を選ぶのか、どんな作品が出てくるのかと期待感を抱かせる方ばかりにお願いできて、原稿を待っている間やいただいた瞬間は本当に幸せでした。
――その中でも「こうきたか!」という設定も?
宮川 それは結果的に、すべての作品に対して感じましたね。まず「モノ」のセレクトから個性を感じましたし、ひねりが効いていて。
吉田修一さんの「仏像」なんかは想像の斜め上でした。三浦しをんさんは個人的に好きな作品に犬が話者の「春太の毎日」という短編があるのですが、人じゃないものに語らせる手腕やユーモアが素晴らしくて……だから今回、1行目から主人公の「うさぎのぬいぐるみ」が「俺は〜」と話し出したのを読んだ時は、嬉しくてガッツポーズでしたね。
――筒井康隆さんの作品は、並べて読むと個性が際立っている印象でした。
宮川 「これがTwitterのタイムラインに流れてきたら二度見するだろうな」と思いました(笑)。でも、その違和感こそこの企画の醍醐味(だいごみ)だなとも感じました。
取材・文/明知真理子 撮影/五十嵐和博
モノガタリは終わらない
編者:モノガタリプロジェクト

2022年10月26日発売
1,650円(税込)
四六判/248ページ
978-4-08-771762-4
21名のベストセラー作家が、モノの歴史を紡ぎ、人の記憶をひもとく。
総インプレッション数1.26億!
メルカリ公式Twitterにて話題の連載、待望の書籍化——。
人から人へ、モノはめぐる。とっておきの物語をたずさえて。
現代日本を代表する作家たちが、「捨てない」をテーマに、モノの「これまで」と「これから」を豊かに描き上げたショートストーリー集。
物語のプロフェッショナルが織りなす"技"と"筆致"を一気に堪能できる、超豪華アンソロジー!
【目次】
伊坂幸太郎「いい人の手に渡れ!」
三浦しをん「人間の友」
朝井リョウ「吉凶の行方」
藤崎彩織「RPGノート」
吉田修一「0.8」
絲山秋子「一人で二つ」
角田光代「ボタンと使者」
吉本ばなな「珊瑚のリング」
筒井康隆「花魁櫛」
川上未映子「初恋の」
岩井俊二「消しゴム」
綿矢りさ「封印箪笥」
金原ひとみ「バタクランを越えて」
西川美和「ブルース・フォー・ポーギー」
尾崎世界観「バイバイ」
平野啓一郎「天井裏の時計」
江國香織「彼女の武装」
太田光「がらくた」
水野良樹(清志まれ)「誰がために、鈴は鳴る」
恩田陸「内緒」
山田詠美「ジョーンズさんのスカート」
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