「当日券を出せ!」と息巻くエセ紳士を横目に見ながら
訪れた東京国立博物館
11月某日水曜日午前10時頃。
東京都台東区、上野の森の最奥に鎮座する、東京国立博物館のチケット売り場に並んでいると、背後から大きな怒鳴り声が聞こえた。
振り返ってみると、声の主は恰幅のいい70歳前後と思しき紳士風情の人物。
制服を着た警備員を含む4人の博物館職員に対して息巻いていた。
何とはなしに耳を傾けていると、こんなことを言っているのがわかった。
「なぜ当日券がないのだ!」
「毎日、当日券の枠を少しは取っておくのが世界の常識だろう!」
「国立の博物館なら、国民の期待にちゃんと応えなさい!」
「これだから、日本はダメなんだ!」
「もっとも私はニューヨークに住んでいるので、日本の納税者ではないがな」
「とにかく君たちではお話にならない。さっさと館長を呼べ!」
おお、すげえ。
なんともわかりやすい、典型的なモンスターカスタマーじゃないか。
僕はわざわざ足を止めてはおらず、上記は自分のチケット購入に要したほんの1〜2分の間に耳に入ってきた言葉だ。
それでおおよそ主張の要旨はわかったのだから、きっと職員に対しては長時間にわたって繰り返し、同じことを言い続けているのだろう。
職員たちは皆うんざり顔だが、ニューヨークのくだりなどで、そんな彼らへのマウントを忘れないあたりもなかなかだ。
ちなみに僕が窓口で買ったのも当日券。そう、当日券はちゃんとあるのだ。
でも僕のは、東京国立博物館では“総合文化展”と呼んでいる常設展のチケット。
エセ紳士殿が「ないのか!」と喚いている当日券とは、オンラインやコンビニでの日時指定事前予約が必要な特別展の方に違いない。
博物館創立150年を記念して開かれている、「国宝 東京国立博物館のすべて」を観たいのだろう。
今日の僕の目的は、同じく創立150年記念の展示だが、総合文化展(常設展)のチケットで観られる「ワタシの宝物、ミライの宝物 150年後の国宝展」の方だった。
僕が門をくぐって博物館の敷地内に入った後も、ずっと怒声を響かせ続けていたそのエセ紳士が、むしろ哀れに感じられた。
だって、ニューヨーク住まいをアピールしていたけど、世界には当日フラッと訪ねても入ることはできない、人気の博物館や美術館(特に特別展)がたくさんあることくらい、非国際派の僕でも知っている。
ましてや世の中はまだコロナ禍の非常態勢が続いているわけで、入場規制くらいは想定し、ネット、もしくは電話などで事前に下調べしておくのが、今を生きる人のしかるべき行動だろう。
公衆の面前で、みずからの教養と常識の乏しさを大々的にアピールしてしまっていることに気づかない彼は、これまでどんな人生を歩んできたのかな。