多くの酒飲みが知りたいと感じているのは、自分にとってどれぐらいの飲酒量が「適量」なのか、ということである。酒に強いからといって、毎晩浴びるように飲んでいたら病気になるのは目に見えている。飲み過ぎが体に悪いのは明らかだが、それならばどれぐらいの飲酒量なら「ほどほど」に飲んだことになるのだろうか。
また、「ほどほど」に飲めば健康にいいのではないか、という期待も多くの人にあるだろう。長寿大国の日本では、100歳を超える長寿の方が晩酌をするシーンがニュースなどで流れたりもするので、「酒は百薬の長」という言葉が今なお多くの人に信じられている。
そこで、飲酒と健康についての研究を手がける医師の筑波大学准教授・吉本尚さんに聞いてみた。先生、医学的な「適量」はあるのでしょうか?
「厚生労働省は2000年に、世紀における国民健康づくりを目的とした『健康日本21(第1次)』を発表しました。その中で、『節度ある適度な飲酒』として日平均純アルコール換算で約20g程度という数字が明文化されました。これが日本におけるいわゆる『適量』であり、この数字が出たのは画期的なことでした」(吉本さん)
健康でいるためのお酒の「適量」は? 名医が教える!一生健康で飲むための必修講義
なぜ人は酒を飲み、二日酔いになり、飲み過ぎて病気になり、またなぜ下戸は飲めないのか。左党も思わず膝を打つ、酒と人体の最新研究を一冊にまとめた『名医が教える飲酒の科学 一生健康で飲むための必修講義』(日経BP)から一部抜粋・再構成してお届けする。
厚生労働省は適量を「1日20g」と定める

1日平均純アルコール換算で約20g程度……。これはつまり、飲んだ酒に含まれるアルコールの重さがだいたい20gになるという意味だ。上図のような計算式で純アルコールの量を求めることができる。そして、20gというと、ビールなら中瓶(500ml)1本、日本酒なら1合(180ml)、ワインならグラス2~3杯だ。正直、少ない。しかも、女性はアルコールの影響をより受けやすいので、その半分から3分の2程度が適量だとされている。あまりの少なさにがっくりしてしまう。
覆された「少し飲んだほうが長生き」説
それでは、1日平均20g程度という適量は、どのように決まったのだろうか。
「日本人男性を7年間追跡した国内でのコホート研究の結果や、欧米人を対象とした海外の研究の結果などを基に、なるべく病気のリスクが上がらない飲酒量ということで決められました。逆に、どれだけ多く飲むと体に悪いのかについては、毎日60g以上飲むとがんをはじめとするさまざまな病気のリスクが上がることが以前から知られていました」(吉本さん)
なるほど、1日で60g以上はキケン、せめて20gに抑えよう、ということか。
なお、医学の世界では、病気のリスクがどれくらいあるかを調べるために、大規模な疫学調査を行う。先ほど紹介した日本人男性を7年間追跡した調査では、40~59歳の1万9231人を対象にしていた。また、海外の研究の結果といっていたものは、16の疫学研究をメタ分析したものだ。
さて、その海外の研究結果の中に、興味深いグラフがある。横軸を1日平均アルコール消費量、縦軸を死亡リスク(酒を飲まない人を1とした相対リスク)にすると、男性については 日当たりのアルコール量が10~19gで、女性では1日9gまでが最も死亡リスクが低く、それ以降はアルコール量が増加するに従って死亡率が上昇することが示されている。
これがいわゆる「J カーブ」のグラフだ。アルファベットの「 J 」を斜めに倒したように見えることからそう呼ばれている。そして、これを根拠に「まったく 飲まない人よりもほどほどに飲んだほうが長生き」という説を信じている酒好きもいる。

なぜこのような形のグラフになるのかというと、心疾患や脳梗塞などの血管に関連した病気については、少し酒を飲んだほうが良い影響があるためだ。心疾患や脳梗塞は、死につながる可能性の大きな病気であるため、結果として死亡リスクをこのグラフのように押し下げる効果があるというわけだ。
まったく飲まないことが健康に最もよい
しかし吉本さんは、「このグラフについては、以前から研究者の間では『まったく飲まない人の死亡リスクがこんなに高くはならないのではないか』という指摘がありました。飲酒が血管に対していい効果があるのは確かとはいえ、ほかの病気については少量の飲酒でもリスクが上がることから、トータルで見たら飲酒量は少なければ少ないほうがいいのではないか、と研究者の間では考えられてきたのです」と話す。
そうして研究が続けられ、ついに2018年に世界的権威のある医学雑誌Lancet(ランセット)に画期的な論文が掲載される。
「この論文は、1990~2016年に195の国と地域におけるアルコールの消費量とアルコールに起因する死亡などの関係について分析したもので、健康への悪影響を最小化するアルコールの消費レベルは『ゼロ』であると結論づけています。つまり、『まったく飲まないことが健康に最もよい』ということです」(吉本さん)

この論文のグラフを見ると、もはや Jカーブとはいえないだろう。
「1日の飲酒量が10gくらいまでは疾患リスクの上昇はあるものの緩やかで、それより多くなると明確に上昇傾向を示しています。『飲むなら少量がいい、できたら飲まないほうがいい』ということですね」(吉本さん)
もちろん、論文ひとつで結論が下せるわけではない。だが、「酒は百薬の長」とは言えなくなったのは間違いないだろう。
『名医が教える飲酒の科学 一生健康で飲むための必修講義』(日経BP)
葉石かおり(著), 浅部伸一 (監修)

2022年3月17日
1650円(税込)
単行本ソフトカバー 296ページ
978-4-296-11187-9
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