吉田 此元さんの脚本の才能が『オッドタクシー』で証明されたと思うのですが、自信はあったんですか?
此元 いや、全然ないですね。たまたまです。作品を成立させるのに一生懸命で、自分でもちゃんと着地できるのか……よくわからないままでした。
吉田 でも、平賀さんは此元さんの才能を見抜いていたわけですよね。
平賀 そうなんです、と言いたいところですが、『セトウツミ』も、終盤に仕掛けがあるじゃないですか。オファーしたときは(終盤にさしかかる前の時期だったので)それを知らなかったんです。会話劇の面白さ、センスに惹かれてオファーしたので。
吉田 えっ、そうなんですね!
此元 当時は誰も『セトウツミ』の後半の展開を知らなかったはずなので、びっくりするだろうなとは思っていました。
吉田 そう考えると、『オッドタクシー』でも『セトウツミ』でも見事に伏線を回収する物語になったわけですね。連続してこういう作品に携わったことに、運命を感じるところはありますか?
此元 確かに、これまで自分の創作活動の中で、能動的に動いたのはデビュー前の投稿作だけなんです。あとは全部、受け身でやってきましたけど、それがうまくいっているのは運命的と言えるかもしれません。
吉田 僕は天才がサラッと作ったようにも思えたのですが、苦労はされましたか?
此元 苦労……最初は単純にやる気が出なかったですね。どこで放送されるかもわからないし、友達から近況を聞かれて「アニメの脚本をやってる」って答えていましたけど、そこから3年くらい何も動かず、嘘つきだと思われていましたから(笑)。漫画は描いたら載るし、読者からのリアクションもある。脚本は書いたからといってすぐに表に出るわけでもないので。
吉田 具体的な締め切りはなかったんですか?
此元 最初は緩かったんです。だからやる気が出ない(笑)。締め切りは守るタイプなんですけど、作業期間が長く設けられていても、作業に取り掛かるのは締め切りの2、3日前なので。

話題のミステリーアニメ『オッドタクシー』の物語はいかにして生まれたのか?ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記が、脚本家・此元和津也に迫る!(後編)
『オッドタクシー』の物語を構築した脚本家の此元和津也に、作品のファンであるニッポン放送アナウンサー・吉田尚記が迫る対談企画の後編。此元氏との対談の中で、吉田氏が驚いたこととは。此元氏の創作の源をさらに深掘りしていく。(この対談は、吉田氏・此元氏に加え、P.I.C.S.の平賀大介プロデューサー、ポニーキャニオンの伊藤裕史プロデューサーも同席の元、zoomにて収録を行いました)
『オッドタクシー』の物語を生んだ脚本家・此元和津也、その創作の源

『オッドタクシー』がウケるという自信はなかった
※この記事には『オッドタクシー』『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』に関するネタバレを含みます! 未視聴の方はご注意ください!

TVシリーズ最終話、クライマックスシーンより
3億円事件を想起させた『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』の魅せ方
――ちなみに吉田さんは、『イン・ザ・ウッズ』にはどういう感想を持ちましたか?
吉田 『イン・ザ・ウッズ』を見て、「(1968年に起こった)3億円事件のドキュメントみたいだな」と思ったんですよ。3億円事件は、いろんな角度から検証番組が制作されたじゃないですか。『イン・ザ・ウッズ』は、「練馬女子高生失踪事件」という世間を騒がせた事件に対し、証言を集めて真相に迫るドキュメンタリー作品みたいだなと。この証言形式というモチーフはすぐに浮かんだんですか?
此元 条件的にあれしかないなという感じでした。何か余裕を持って作ることができたら、そのときは別のものが出せたと思います。
吉田 余裕がなかったからこその「最適解」だと思います。そもそもTVシリーズの作り方として、キャラと物語、どちらが先にあったんですか?
此元 基本的には木下監督が描いたキャラが最初にズラッとあって、それを自由に使ってくれという感じでした。僕の方で新しく作ってほしいとオーダーしたのはヤノと関口ですね。ドブの反対側にいる悪いやつが欲しくて。
吉田 現状よりも悪役が少なかったわけですね。
此元 正確に言えばヤノはいたんです。ただキャラとしてはコウモリで、ラストのオチから考えるとキツイじゃないですか。そういう意味でビジュアルをもう一度描き直してもらいました。
吉田 それでヤマアラシになったんですね。

中央がヤノ。ラップで韻を踏みながら会話する悪いヤツ
『オッドタクシー』は“言わないこと”が重要な会話劇
吉田 これは『オッドタクシー』の重要なポイントにもなりそうですが、劇中のセリフはあれだけ多いのに、此元さんご自身はめちゃくちゃ口数が少ないですよね?
此元 そうですね(笑)。昔からです。
吉田 此元さんが一日に発する言葉の量よりも、1話の脚本のセリフの方が多いんじゃないかというくらい。
此元 それはそうだと思います。自宅に荷物が届いたときの「ありがとうございました」くらいの一言しか普段は話さないですから。
吉田 だとすると、そのセリフ上の言葉の源はどこにあるのかなと。言葉の量が多くて、質も高いじゃないですか。
此元 言葉の量が多いことに関しては、単純に僕が尺をつかめていなくて、だから多めに書くしかなかったんです。けっこう削られた部分もあります。
吉田 例えば、「白川が小戸川を誘惑する」と一言で説明できるシーンでも、たっぷり会話劇を聞かせてくれるところに、すごくサービス精神を感じました。
此元 そういう気持ちがあったわけでもないですが……一生懸命頑張ろうとした結果ですね。
平賀 客観的な立場で見ても、これだけセリフの応酬があるのに変な引っかかりがないんですよね。その主題に最短距離で行くのではなく、一見、無関係に見える会話を重ねるんですけど、その中でしっかりと、言いたいことや目的が込められているところに惹かれますよね。
――いわゆる状況説明だけのセリフは見当たらないですよね。
平賀 ないと思います。会話を楽しんでいる間に、いつの間にかお話が進んでいる感覚です。
吉田 ラジオパーソナリティが本業の僕の立場からすると、何を言ったかよりも、何を言わなかったかの方が重要なんですね。『オッドタクシー』も、これだけ会話劇でセリフ量も多いのに、「言わなかった」ことのラインが絶妙だと思います。唯一踏み越えたと思ったのが、関口がヤノに「韻が踏めてないです!」と指摘するところだけで。ここは踏み越える意味がありますよね。
此元 なるほど。

小戸川に接近する白川。その行動にもある理由が隠されていた
アニメ界の常識に“NO”を突きつける此元和津也の視点
吉田 あとは小戸川も、「言わないこと」が彼の正義感を表現していて、主人公になり得たポイントだと思いました。そのあたりの言葉の選び方に何か参考はあるんですか?
此元 どこなんでしょうね……もちろん友達との日常会話や、そのとき読んでいた本からの影響もあるかもしれないですけど。
吉田 お笑いは見に行ったりしないんですか?
此元 人並みだと思いますよ。テレビでネタ番組をやっていたら見る程度で。落語は正直、聞いたことがないです。
吉田 呑楽という落語家が出てくるのに(笑)! では、この人たちの日常会話はすごいな、と思う人とかいますか?
此元 とろサーモンの久保田さんと、中山功太さんの雑談動画があるんですけど、これがエグいんですよ。即興の域であれをやられると、掛け合いという意味では敵わないです。
吉田 そのレベルを書きたいという願望があるんでしょうか。
此元 いや、あれはもう即興でやっているので、別モノだと考えています。
――こうやって此元さんからお話を伺ってみて、吉田さんいかがでしたか?
吉田 印象に残ったのは、動物の姿に違和感があるという視点から作品であるということですよね。『機動戦士ガンダム』だって、ロボットって何であるのかというのを突き詰めたら、戦争で使う兵器と考えるのが一番自然だったという発想ですよね。アニメの世界にいる人たちが当たり前だと思っているものに、此元さんには「そうじゃない」とこれからも突きつけてほしいです。ちなみに、今何か新しい構想はありますか?
此元 漫画や実写、アニメを問わず、おじいちゃんやおばあちゃんが主人公の物語をやってみたいですね。
吉田 なるほど。でもよく考えたら、『オッドタクシー』も主人公の小戸川は41歳のタクシー運転手ですからね。そこからして、アニメ界の盲点をついた稀有な作品だったということだと思います。

取材・文 森樹
「話題のミステリーアニメ『オッドタクシー』の物語はいかにして生まれたのか?ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記が、脚本家・此元和津也に迫る!(前編)」はこちら
『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』
全国劇場で大ヒット公開中
公式サイト=https://oddtaxi.jp/
公式Twitter=https://twitter.com/oddtaxi_
©P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ
新着記事
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
世界一リッチな女性警察官・麗子の誕生の秘密
「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」毎月20万以上を祖国に送金するフィリピンパブ嬢と結婚して痛感する「出稼ぎに頼る国家体質」
『フィリピンパブ嬢の経済学』#1
「働かなくても暮らせるくらいで稼いだのに、全部家族が使ってしまった」祖国への送金を誇りに思っていたフィリピンパブ嬢が直面した家族崩壊
『フィリピンパブ嬢の経済学』#2