「朝ドラで時代劇や撮影所、映画村が苦境に立たされていると繰り返し語られています。それを朝、観るたび、応援してくれている気持ちはわかりながらも複雑な気分になるんですよ」
東映京都撮影所16代所長の妹尾啓太さんは苦笑した。『カムカムエヴリバディ』では時代の流れとともに作られなくなってきた時代劇を救おうとヒロインたちが奮闘する。モデルになっているのが京都・太秦にある東映京都撮影所だ。

NHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデル 東映京都撮影所の職人たち
NHKの朝の連続ドラマ『カムカムエヴリバディ』の「京都・条映太秦映画村」のモデルとなっているのが、東映京都撮影所だ。時代劇を中心に、数々の名作がここで撮影されてきた。それを支えたのが、伝統の技術を誇る職人たち。髪の専門家、「床山」さんに話を聞いた。(トップ画像/撮影:平賀哲)
100年近い歴史を誇る撮影所

時代劇はいわゆる日本の戦国時代や江戸時代のものに限ったことではなく、もっと広い意味で捉えていいと思う、と前向きに語る東映京都撮影所所長・妹尾啓太さん(撮影:平賀哲)
東映京都撮影所の前身は1926年(大正15年)と歴史は古く、併設するテーマパーク・東映太秦映画村の施設をオープンセットとして使用できる利便性もあって多くの時代劇が作られてきた。が、ドラマでも語られるように時代の変化に伴って時代劇の制作本数が減ってきたため、撮影所の今後が懸念されている。
苦境を跳ね返すように胸を張るのは、東映京都撮影所で衣裳やヘアメイク、殺陣師、撮影所所属の俳優たちなどをとりまとめている演技センター室長の森井敦さん。
「撮影所には人、モノ、知恵――映画撮影のすべてが詰まっています。スタッフや機材がどんなにあってもそれを使いこなす人が大切です。ここにはいついかなるオーダーにも対応できる豊かな発想をもったエキスパートが揃っているんです」

絵画や歌舞伎、日本の文化を描いた作品を海外配信したいと考える東映京都撮影所・演技センター室長・森井敦さんは撮影所一筋30年(撮影:平賀哲)
映画制作は、監督や助監督、照明、美術、衣裳、ヘアメイク、殺陣師など多くのスタッフが関わっている。

『カムカムエヴリバディ』でも外観が使われた俳優会館。風のない日は東映の旗が上がっている(撮影:平賀哲)
今回は、そんなエキスパートのひとつ・ヘアメイク(床山=とこやま)の仕事をのぞかせてもらった。
その昔、床山さんにまつわる都市伝説がまことしやかに語られていた。彼らのおメガネにかなわないと俳優として立ち行かない。彼らに失礼があると相手にしてもらえない。厳しくあしらわれた俳優の声はあとを絶たない……。その噂の理由を妹尾さんは「最も俳優の近くにいるからではないか」と推測する。
床山さんは男性の俳優担当が「美粧」、女性の俳優担当が「結髪(けっぱつ)」と分かれ、撮影開始の2時間以上前からスタンバイしている、朝、最も早いスタッフのひとりである。
床山さんの魔法の指づかいによって、眠っていた俳優の肌は覚醒し血色良くなり、しだいに役の顔になっていくのである。

床山部屋の入り口。衣裳スタッフが作った暖簾がかかっている(撮影:平賀哲)
指先から鬢付け油の香りが漂う
美粧歴40年以上で、かつら制作とヘアメイクの会社を営む大村弘二さん(57)さんは指先からほのかな鬢付け油の香りを漂わせながら、やんわりと、でもちょっとドキリとする話をしてくれた。
「時代劇について真摯に学んでいる俳優さんはすぐにわかります」
例えば、かつらをかぶったら脱げなくなるから支度にTシャツはNGで、前開きのシャツや浴衣が必須。そういった基本を知らずにふらりと床山部屋に来る俳優もいるとか。

結坊主を前にする美粧・大村弘二さん(撮影:平賀哲)
大村さんは若いころ、北大路欣也さんの現場につく機会が多く、その時代劇の知識や探究心に刺激を受けたと振り返る。俳優自身がスタッフまかせでなく、時代劇に敬意と熱意をもって臨むことで、文化を作ってきた。
「昔は先輩俳優がしきたりを教えてくれたけれど、今はそういう先輩から後輩に伝えることが少なくなっていますよね」
かつらの美学、「つぶし」とは?
かつらの美学は奥深い。そのひとつに「つぶし」がある。かつらは地毛に羽二重(はぶたえ。髪の毛をぴったり抑える役割をする織物)をかぶせた上に乗せる。このときかつらと地肌とを馴染ませることが非常に重要になる。現代に時代劇が生き残る難しさのひとつが、映像が4K や8Kと超高画質になったため、こうした細かな部分が誤魔化せなくなってきたこと。はっきり出る差異を消すために欠かせないものが「つぶし」と呼ばれる肌色のパテ状のものだ。昔からある床山さんの必需品で、鬢付け油とおしろいに砥の粉(とのこ。砥石から出た粉など)を混ぜて粘土状にする。小豆の粒くらいでひとり一回分、鍋一杯で1000人分くらいになるものを床山さんは常に準備して、撮影の合間合間で俳優さんに駆け寄って差異を「つぶ」す。
「おもしろいのはうちに十何人いる職人でみんなそれぞれ好みが違うことです。ラーメンと同じで万人が『これが最高』というのものはありません。これベストやろって出してもね、固いだのやわらかいだの文句を言う。作業のしやすさや保ち、なかには肌をきれいにすることを重視するなど、それぞれのさじ加減があるんです」
髷がかっこよく決まるのは床山さんの腕次第なのである。デジタル全盛になっても、そこは変わらない。むしろますますプロの腕が重要になってきているのだ。

髷を整える鼠歯(ねずみば)。前の代から受け継がれているもので割れても修理して使っている(撮影:平賀哲)
そもそも、髷(まげ)を自毛で結えばつぶしのひと手間は省ける。これまで地毛で髷を結った俳優はいないのだろうか。
「一番最近ではね、木村大作さん。監督でありキャメラマンでもある方で、いつもは『(かつらと地肌の差が)全然バレてる!』とよく怒られるんですけど、木村さんの監督作映画『散り椿』(18年、岡田准一主演)でワンシーンだけ出演されて、地毛でやってくれって髪を伸ばしはって、結いましたよ。それだけで画(え)が違います。だから若手の助監督にもよく提案するんです。駆け出しの役者さん数人くらい集めて、全員、自毛で時代劇をやってみたらどうかって。そうしたら僕が美粧をやったげると」

床山部屋にはかつらが何百と保存されている。すべて人毛。ちなみにかつらを制作するスタッフは「かつら部」という(撮影:平賀哲)
何もわからないところから始めて40年
さて。この床山という仕事、昔は男性が多かった。髪をきりりと結い上げるにはかなりの力が要るからと言われている。長い髪を束にしてぐいぐいと引っ張って、緩みなく、そして時間が経っても崩れることなく結い上げるためには全身の力が必要で、自ずと上腕二頭筋が鍛えられ、指には固いタコができる。
丈夫な柘植(つげ)の櫛の歯も長年髪を漉いていると髪に削られて溝ができるのだと見せてくれたのは、広瀬紀代美さん(58)。
「いまはカメラマンにしても照明部にも女性スタッフがいらっしゃるけれど、私が入った当時は女の人と言ったら、衣裳、メイク、記録さんというくらいで。とりあえず映画が好きで映画に携われることないかなと思ったとき、ちょうど知り合いに『結髪が空いてるよ』と聞いて。『結髪』って何かもわかりもしないでちょっと入ってやりだしたら、意外と面白いなと思ったんです」
そこから始めて、もう約40年のベテランになった。だが、上には上が。80代で現役の方もいると言う。

町娘の鬘を結い直している、結髪・広瀬紀代美さん(撮影:平賀哲)
「最初は先輩について。髪の毛なんて触らせてもらえなかったです。とりあえず現場について女優さんたちのほつれた毛を直したりしていました」
櫛すらなかなか売ってくれなかった世界で
でもその直す櫛を手に入れるのもひと苦労。
「いまはけっこうふつうに売ってくれるらしいですけど、当時は『まだお前さんには早い』って。だから最初は先輩がね、折れた櫛を『これ使っとき』と言ってくれるんですよ。それを使いながら、だんだんちょっとずつお小遣いを貯めて買うんです。はじめて売ってもらったときは嬉しかったし、大事にしようと思いましたよ」
結櫛(ゆいぐし)、鬢櫛(びんぐし)、深歯(ふかば)、筋立て(深)、筋立て(浅)、鼠歯……と一言で櫛と言っても多種多様。そして、梳かす専用、サイド専用、髷専用とひとつの髪型でもパーツによって使い分ける。少しずつ揃えたこれらを駆使して髪を結い上げていく。町娘の髪だと1時間から2時間くらい、凝ったものは半日もかかる。これらのやり方は皆、先輩から教わったり、昔の映画を見ながらスタッフと研究したりして身につけていった。

柘植や桜でできた櫛の数々。髪のパーツで使う種類が変わってくる(撮影:平賀哲)
研鑽を続けてきたからこその存在感
「時代劇が減ってきて、テレビドラマの連続ものもなくなって10年くらいですか、全盛期と比べると撮影所の床山は半分になっています。時代劇は徐々に変わってきていることを感じますね」(広瀬さん)
時代によって価値観が変わっても、長い時間、学び、研鑽(朝ドラ『カムカム』で言うところの「鍛錬」)を続けてきた職人たちの技と知恵は生かされる。大村さんや広瀬さんが割れても折れても修繕しながら使い続ける先輩から受け継いだ柘植の櫛はその誇りのように、数ある櫛のなかでもひときわ強い存在感を放っている。
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