観る者を熱狂の渦へと誘う宝塚歌劇。その魅力を一言で語ることは難しい。スターの輝き、愛とロマンに満ちた芝居、豪華絢爛なレビュー(ショー)など、見所と魅力がめいっぱい詰まったエンターテインメントであるからだ。
演目のレパートリーの豊富さもまた宝塚の魅力の一つである。宝塚では、オリジナル作品をはじめ、多種多様な題材を舞台化している。原作が存在する作品の中には、宝塚のイメージとは異なるもの、舞台化自体が難しいような題材も多々見られる。だが、宝塚は結果的に原作ファンもヅカファンも満足するような舞台を作り上げてきた。
なぜ、宝塚は様々な題材を上演することに成功しているのだろうか。それは、原作を尊重しつつ、必要に応じて宝塚の演出様式や、「清く 正しく 美しく」をモットーとする世界観に合わせてアレンジし、独自の作品として発表しているからだ。
宝塚の定番である、歌とダンスによってテンポよく場面が展開していく舞台種目のレビューも、そんな独自の演出を堪能できる代表例である。観劇経験がなくとも「宝塚」と聞いたら、大きな羽根を背負っているスターの姿や、電飾が光る大階段、ラインダンスなどを思い浮かべるのではないだろうか。それらはみなレビューに組み込まれた演出である。
そもそもフランス発祥のレビューは、1920年代にパリを中心に世界中で大流行をみせた。宝塚は1927年からレビューを導入しているが、実はパリの様式をそのまま取り入れたわけではない。ストリップなど劇団にそぐわないエロティックな要素は排除し、ほかにもレビューで使用するシャンソンなどの歌詞も宝塚のテーマソングのように書き換えて、「すみれの花咲く頃」といった名曲を生み出している。
それでは、原作が存在する芝居はどのような演出がなされているのだろうか。次の三作品を例に見ていこう。
『ベルばら』『エリザベート』『CITY HUNTER』…原作とのマッチングの妙が生んだ宝塚の名作
女性のみの演者で構成される宝塚歌劇。観たことはなくても、その名前だけは聞いたことがあるという方も多いのではないか。古典文学から現代の漫画に至るまで、様々な題材が宝塚歌劇の舞台で上演されてきた。原作の世界観を維持しつつも、きらびやかな舞台作品へと作り上げていく。そんな宝塚の魅力について、『歌劇とレビューで読み解く 美しき宝塚の世界』(立東舎)の著者・石坂安希さんに解説していただいた。
宝塚歌劇のアレンジの歴史

画像提供/石坂安希
独自の演技法で上演された『ベルサイユのばら』

画像提供/石坂安希
『ベルサイユのばら』は、フランス革命を背景に、王妃マリー・アントワネットと、女性でありながら軍人として生きたオスカルの人生を軸に展開していく、池田理代子が描いた少女漫画の大傑作である。それが、演出家・植田紳爾(うえだしんじ)によって1974年に宝塚で初演され、大ブームを巻き起こし、劇団を代表する演目として定着した。だが当初は、少女漫画の舞台化に対し内外から批判の声が相次ぎ、宝塚にとって本作の舞台化は大きな挑戦だった。
原作の世界観を舞台上で再現するために、メイクや衣装に頼るだけでなく、独自の演技法が編み出された。指導に当たったのは、時代劇スターの長谷川一夫。長谷川は客席から見て美しく見えるポーズの取り方をはじめ、少女漫画特有の目の中に星が飛んでいるように見せるための目線の配り方や照明の当たり方などを演者に伝授した。様式美の極みともいえる演技の型によって、漫画から登場人物が抜け出てきたような究極の舞台が完成し、大好評を博したのだった。
また、宝塚版の『ベルばら』には様々なバージョンがあり、登場人物に合わせて独自の演出がなされている。例えば2013年に月組で上演された「オスカルとアンドレ編」では、戦死したオスカルを、アンドレが天国から迎えに来て、二人が乗った馬車が客席の上空を飛ぶというラストになっている。宝塚の舞台だからこそできるスペクタクルでロマンティックな演出に客席は大いに沸いた。
一方、アントワネットを主軸にしたバージョンでは、フェルゼンがアントワネットを亡命させようと彼女の牢獄までやってくるという原作や史実にはない設定がみられる。アントワネットは彼の助けを拒み、女王としての責任を取るため、自らの意思で断頭台へと上っていく。その神々しい姿や、崇高な死を印象付けるドラマティックな演出は、観客の涙を誘わずにはいられない。
ラブストーリーとして再構成された『エリザベート −愛と死の輪舞(ロンド)−』

画像提供/石坂安希
1996年の初演以来、『ベルばら』と並び宝塚の代表作となった『エリザベート−愛と死の輪舞−』では、原作となったウィーン・ミュージカルから大きな設定変更がみられる。
ウィーン版では、閉鎖的な宮廷生活の中で、自分らしく自由に生きようとしたハプスブルク帝国のエリザベート皇后の生涯と、帝国が滅亡へと向かっていく様子が描かれている。また、エリザベートが孤独に苛まれたときには、彼女自身の分身であるトートが側に現れるのだが、このトートとはドイツ語で「死」を意味しており、男優によって演じられる。
一方、男役であるトップスターを主役に据える宝塚では、主役をトートに変更するほか、彼をエリザベートの分身ではなく、彼女に恋する「黄泉の帝王」とし、二人のラブストーリーに書き換えた。また、演出家の小池修一郎はトートのエリザベートへの恋心を綴った楽曲をウィーン版の作曲家に依頼した。曲名は宝塚版の副題にもなっている「愛と死の輪舞(ロンド)」である。
その歌詞には、「お前の生命奪う替わり 生きたお前に愛されたいんだ」という矛盾をはらんだ一節がある。「死」であるトートが、生きているエリザベートから愛を受け取るのは不可能だ。エリザベートがトートを愛せば、彼女は死んでしまうからである。エリザベートが心の底から死を受け入れることを望み、苦悩しているトートの心情が宝塚版では描かれている。
トートの想いが成就するのは、エリザベートが暗殺される瞬間だ。死を受け入れ、トートと結ばれたエリザベート自身も、魂の自由と安らぎを手に入れ、幸せになったと解釈できる結末になっている。それは相反する二人の関係が、円環のごとく終わることのない永遠の愛へと昇華したことを示しており、副題をも体現している。こうしたカタルシスが感じられる演出が、宝塚の深みとなっているのである。
これぞベストパートナー! 『CITY HUNTER −盗まれたXYZ−』

北条司による人気コミックを原作に、オリジナルのエピソードを交えて構成された『CITY HUNTER −盗まれたXYZ−』は、2021年に雪組新トップコンビ彩風咲奈(あやかぜ・さきな)と朝月希和(あさづき・きわ)の大劇場お披露目公演として上演された。演出を手掛けたのは齋藤吉正。
本作の主人公は、裏社会の凄腕スイーパー(始末屋)「シティーハンター」こと冴羽獠。美女にめっぽう弱く、仕事を引き受けるのは美女絡みか、依頼人の想いに心が震えたときのみ。平成元年の新宿を舞台に、獠と彼のパートナーである槇村香を中心として、彼らを取り巻く個性的な登場人物たちが繰り広げるハードボイルド・コメディだ。愛や友情を描いた心温まるヒューマンドラマでもあり、宝塚にピッタリの題材である。
ただし、原作での獠が美女に性的興奮をおぼえ「もっこり」する点は、宝塚のコードに引っ掛かるため「ハッスル」という表現に変更されている。
オリジナル曲をはじめ、TM NETWORKによるアニメ版のテーマソング『Get Wild』や『STILL LOVE HER(失われた風景)』が絶妙なところで歌われるほか、各登場人物にきちんとスポットが当たっており、原作ファンには堪らない演出となっている。各登場人物が活躍している様は、原作未読のヅカファンにとってはスターへの当て書きのように感じられ、どの客層も楽しめる出来栄えだ。
また興味深いのは、国際犯罪組織に殺されてしまった獠の元相棒で、香の兄の槇村秀幸が幽霊として登場し、物語の狂言回しを担うと共に、獠と香に想いを託す存在として描かれている点だ。非現実的な設定であるが、宝塚の舞台だと違和感なく成立する。
宝塚版の見所としてもう一つ。獠と香の関係が、二人を演じる雪組トップコンビと重なる点だ。作中にある「CITY HUNTERってのは一人じゃないんだ。俺たち二人でCITY HUNTERなんだよ!」という獠と香の唯一無二の間柄を示す台詞は、同じ方向を見て共に走る彩風と朝月のパートナーシップにそのまま当てはまる。本作は二人のお披露目公演だからこそ、その言葉がより強く観客の胸に響くのだ。
宝塚と題材が化学反応を起こすとき、今までにない広がりと感動が生まれる。こうした瞬間を目撃し、体感できることもまた宝塚観劇の醍醐味の一つなのである。
文/石坂安希 編集/嵯峨景子
『歌劇とレビューで読み解く 美しき宝塚の世界』(立東舎)
石坂 安希

2022/2/19
¥1,980(税込)
単行本 : 272ページ
484563712X(ISBN-10 )
978-4845637126(ISBN-13)
《ベルサイユのばら》《エリザベート》から《ルパン三世》まで、歴代の名作も数多く登場!
100年以上の歴史を持ち、兵庫県の宝塚市と東京の日比谷に専用劇場を所有する宝塚歌劇。
本書では、その目玉のひとつである「レビュー」をキーワードに、宝塚歌劇を様々な角度から深く掘り下げ、その魅力の真髄に迫っていきます。
劇団の歴史や美学、演出の特徴などを知ることで、観劇のきっかけとなり、また観る前の予習としても使える1冊。
巻末には「宝塚名作紹介」として、歴代の傑作をじっくり取り上げています。
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