ロシアのウクライナ侵攻が始まって4月24日で2か月が経った。
これまでウクライナ軍は首都キーウ(キエフ)を防衛するなど善戦してきた。一方で22日に「第2段階に入った」とロシア中央軍管区ミンネカエフ副司令官が述べたように、ロシア軍は東部、南部戦線に兵力を集中させ、まずドンバス地域のドネツク、ルガンスク州を制圧し、戦果を確定しようとしている。そのためキーウ北方にいた約1万6000〜2万人の兵力が新たに東部戦線に投入された模様だ。
戦局は膠着状態にあるが、キーウ攻防戦を第1ステージとするならば、このドンバス攻略戦は第2ステージとなり、戦車、装甲車、火砲などの重装備が正面からぶつかる戦いとなるだろう。
ウクライナ戦争の第2ステージは戦車同士の平地戦へ。ドニエプル川が「38度線」になる⁉
ウクライナ戦争の第1ステージが首都・キーウでの市街戦だったとすれば、戦況はすでに第2ステージ、すなわちドンバス地方での戦車vs戦車といった大規模な平地戦に突入しつつある。軍事評論家の世良光弘氏は「戦況の鍵を握るのはアメリカを中心とした西側諸国の武器供与。場合によってはウクライナの朝鮮半島化もありうる」と分析する。
第2ステージは戦車同士のガチンコバトルに

西側諸国は戦車、榴弾(りゅうだん)砲、さらには戦闘機などウクライナに対する武器供与を急いでいるが……
第1ステージとなるキーウでの攻防は市街戦だったため、ウクライナ軍は神出鬼没なヒット&アウェイ戦が可能な携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」などによる攻撃でロシア軍戦車を駆逐できた。
だが、ドンバス地方は開けた、なだらかな大地だ。そのような地形ではロシア軍が得意とする機械化戦力を中心とする正規軍同士の戦いとなり、ウクライナ軍が戦果をあげてきた「ジャベリン」などによるヒット&アウェイ戦は“主役の座”から降りることが予想される(対戦車ミサイルはあくまでも防御的兵器だからだ)。
ロシア軍の戦車投入でウクライナ軍は一気に劣勢へ
この第2ステージでロシアが考えているのは、第2次世界大戦で旧ソ連がドイツ機甲師団を打ち負かした「クルスク戦車戦(1943年)」の戦訓を生かした戦車投入作戦だろう。
当時、投入されたソ連軍戦車はドイツ側約2800両を上回る3000両。この戦車戦でソ連はドイツを圧倒し、第2次世界大戦勝利へと導いた。兵器や情報伝達が発達した21世紀になっても、この「大規模に包囲して殲滅させる」という戦術DNAはロシア陸軍にも引き継がれている。
進撃するにも防御するにも、短時間で前線を押し上げる機動力を持つ戦車は、陸上装備の中心的な役割を担っているという戦訓は変わっていないと考えるべきだ。
ここでロシアとウクライナの戦車の保有数を比較してみる。英シンクタンクである国際戦略研究所(IISS)公表の「ミリタリー・バランス」データに、ウクライナ軍が公表したロシア軍戦車の破壊、または鹵獲数を加味すると、実戦に配備されているロシア軍の戦車数は約2600両(全体のストック数・約12000両)ほどだろう。
これに対し、ウクライナ軍の戦車は900両ほどにすぎない。さらにロシア戦術大隊の戦車がドンバス地方に投入されれば、ウクライナ軍は一気に劣勢に立たされるのは確実だ。
チェコとポーランドがウクライナ軍にT-72を供与するという動きに期待する声もあるが、その数はそれぞれ10両、12両ほどにすぎない。NATOに加盟する東欧諸国によるウクライナ軍戦車の修理、メンテナンスも限定的だ。

1971年にソビエト連邦で開発されたT-72。軽量で低い車体に高火力な125mm滑腔砲を搭載し、攻撃力、機動力、防御力のバランスに優れているとされる
ロシア軍もウクライナ軍もその主力戦車はT-72で、ウクライナ軍のT-72はロシア軍に先んじて近代化改修を終え、「赤外線画像装置」などを装備しているのだが、戦車の基本性能は同一だ。
そのため、湾岸戦争やイラク戦争のように近代化改修された欧米の戦車がイラク軍の旧式戦車を一方的に駆逐するというような戦いにはならないだろう。
米国務、国防長官がキーウを電撃訪問
ここで同じ重装備である火砲(口径20ミリ以上の砲身で、火薬を使用して弾丸を発射する火器)についても取り上げたい。戦車の射撃レンジが戦車兵の視界に入る2〜3kmに対して、火砲の有効射程は一般的に20〜30kmもある。
しかも、4月24日に米国務、国防長官がそろってキーウを電撃訪問するなど、ウクライナ支援を加速させるアメリカが155mm榴弾(りゅうだん)砲90門と砲弾18万4000発の供与を公表した。ならば、ウクライナ軍はこうした火砲を駆使して、長距離からロシア軍に反撃すればよいのではと、多くの人々は思うかもしれない。
しかし、米軍の榴弾砲が、すぐにでも重装備が必要とされるドンバス地方のウクライナ軍にいつ届くかは不明である。また、スムーズに供与がされたとしても今度は榴弾の口径問題が浮上する。
米軍供与の榴弾砲、さらにはやはりイギリスがウクライナへ渡す予定の引き渡す予定のAS90自走砲(火砲を搭載した自走可能な兵器のこと)20両もともに榴弾の口径は155ミリだ。ところが、ウクライナ軍が保有する火砲の榴弾は旧ソ連製の152ミリ。つまり、口径が異なるので共用は不可能なのだ。
また、新たな兵器を運用するには熟練した砲兵でも最低でも2〜3週間の教育や訓練が必要とされる。その点では、チェコ国防省がウクライナに供与する口径が同じ152mm砲弾約4000発のほうがすぐにでも使え、利用価値が高いかもしれない。
そもそも、直接照準による砲弾と火砲による砲弾の軌道は根本的に異なる。火砲の砲弾は放物線を描いて、陣地や建物などの非装甲物を破壊する。
つまり「面」を制圧するのが目的で、戦車に随行する歩兵たちを排除することは可能だとしても、戦車を直接破壊する目的の兵器ではない。火砲でロシア軍の戦車隊を破壊するのはそう簡単なことではないのだ。
ドニエプル川が「第2の38度線」に⁉
ロシア軍は現在、ウクライナ中部の都市イジュームから南下しているが、この機動力のある戦車部隊がドネツク州の約半分を支配する南側の部隊とウクライナ平原で合流すれば、前線のウクライナ軍は孤立し、ドンバス地域の東部2州は一気にロシア軍占領下になってしまいかねない。
ロシア軍は北部のキーウ攻略戦で失敗した補給の確保など、ロジスティクス面も改善させてくるはずだ。そのロシア軍の猛攻にはたしてウクライナ軍は耐えることができるのだろうか。
この2州が陥落すれば、将来的にウクライナはドニエプル川を挟んで、東西に分割されてしまうことも予想される。そうなれば、ドニエプル川は「第2の38度線」となる可能性もあるのだ。

ロシアが一気にウクライナ東半分を制圧すると、ドニエプル川を境に国家分断され、ウクライナが“朝鮮半島化”する可能性も
ロシアの戦車による電撃作戦をウクライナ軍が阻止できるかは、先に述べたように西側諸国からの重火器を中心とした援助兵器や物資がいつ届くかにかかってくる。
一方のロシアにとっても、この大攻勢に失敗すれば、ふたたび大部隊を編成してウクライナに攻め入る余力はなくなる。ウクライナ戦争の第2ステージはロシア、ウクライナ双方にとって「時間との戦い」となるのは間違いない。
いずれにしても、ドンバスの東部戦線ではこれまでにない大規模な戦車戦が展開されるだろう。もちろん、戦術によっては両国の空軍も衝突する可能性が高く、その戦いはロシア、ウクライナ双方にとって、今後の戦局を決定づける分水嶺となるはずだ。
両軍にとってターニングポイントの戦いが東部戦線で今、まさに始まろうとしている。
写真/共同通信社 AFLO
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