新しい年度が始まり、新たな人材が多く入社する季節。新人を受け入れる会社では、どのような取り組みを実施することが多いのでしょうか。
最もよく行われているのは「新人研修」です。新人研修の中では、集合研修(92%)、職場見学(44%)、課題・レポート提出(29%)の順で実施率が高くなっています。メンター制度を導入する企業も増えてきています(54%)。
しかし、このような施策を行っているものの、入社半年後に行われるフォロー研修では課題を感じる新人が多く見られます。新人が抱える最も大きな課題は「配属先でのミスマッチ」(55%)で、モチベーション維持(53%)、早期戦力化(38%)が続きます。会社に円滑に適応できている人は思いのほか少なく、入社3年目の時点で「馴染めている」と感じている新人は約半数にすぎません。
「言うことを聞く新人」より「勝手に動く新人」のほうが早く戦力になる理由
新入社員や中途採用者に対して、研修や業務と平行したOJT(On the Job Training)が行われる季節になった。新たな人材に早く戦力になってもらうためには、なにが必要なのか? 「組織行動論」の研究知見をもとに対策を解説した『現場でよくある課題への処方箋人と組織の行動科学 』(伊達洋駆著・すばる社)より抜粋、再構成してお届けする。
人と組織の行動科学
入社3年目の時点で「馴染めている」社員は約半数

せっかく新人研修などを行っても、次のような状況に陥ってしまうことが多々あるのです。
・入社して早々に新人が辞めてしまった
・会社として新人の受け入れ体制が十分ではない
・新人に早く会社に慣れてほしいが、うまくいかない
ではこの課題をどう解決し、新しい人材に早く現場に慣れてもらったらいいのでしょうか。その解決の糸口になるのが「組織社会化」です。
組織社会化とは、「会社での役割を引き受けるために必要とされる、知識や技能を得るプロセス」を意味します。会社や職場に慣れる過程のことです。
例えばその会社に入ってしばらくすると「あなたもこの会社の社員らしくなってきたね」と言われたことはありませんか? この「その会社の社員らしさ」が、組織社会化ができた証拠です。
新人が組織社会化において学ぶべきことは、主に以下の6項目です。
1.仕事能力の獲得
・自分の仕事のコツを学んでいる
・必要なタスクをマスターしている
・自分の職務内容を理解している
2.周囲との関係構築
・職場のメンバーと仲よくなっている
・職場の懇親会に呼んでもらえる
・職場の非公式な集まりにも入っていける
3.パワー関係の把握
・影響力のある人が誰かがわかる
・行動の背後の思惑を理解している
・この会社の物事の動かし方を知っている
4.独特な言葉の習得
・会社の専門用語をマスターしている
・会社の略語を理解している
・会社の独特な言い回しを把握している
5.会社の目標や価値観の受け入れ
・この会社の目標は、自分の目標であると思える
・この会社の価値観を信じている
・この会社の目標を支持している
6.会社の歴史の理解
・会社の歴史のことを知っている
・会社の伝統的な行事を知っている
・会社の慣習や儀式について理解している
では、組織社会化はどのような流れで進むのでしょうか。日本企業を対象にした研究の結果、およそ下記の3段階で進むことがわかっています。
1.周囲との関係を構築する
2.会社のルールに形式上従えるようになる
3.会社の価値観を自分のものにする
ここで重要なのは、一足飛びに新入社員の価値観が変わるわけではない点です。まずは関係性を構築し、次にルールに従うことを経て、価値観が変わります。新人の適応を考える際には、価値観の変容から入らずに、職場のメンバーと仲よくなるための支援が必要です。
では職場のメンバーと仲よくなるのはどうしたらいいのでしょうか。組織社会化の研究では、新人の適応を促すために2つのアプローチが示されています。「組織社会化戦術」と 「プロアクティブ行動」です。
組織社会化戦術は、会社から新人に対する働きかけを指します。新人研修は組織社会化戦術の一例です。一般に新卒採用では、組織社会化戦術が十分に取られますが、中途採用では手薄になりがちです。
組織社会化戦術には、意図的で体系的な「制度的戦術」と、意図はなく自然に接する「個別的戦術」があります。このうち、新人の適応につながりやすいのは制度的戦術のほうです。
新人の適応に有効な制度的戦術は、次の4つです。新人のマネージメントの場で、まだ実行していない戦術があれば取り入れてみてはどうでしょうか?
1.規則的戦術:「最初の研修はこれで次はこれ、その後は現場に出て…」と、適応すべき内容を順序立てて明確に示す。
2.固定的戦術:適応に向けたタイムテーブルを定め、やるべきことに徐々に慣れてもらう。
3.連続的戦術:新人にロールモデルやメンターをつけ、継続してフォローする。
4.付与的戦術:「この点がよかったね」など、肯定的なフィードバックを新人に提供し、会社での役割を遂行できるという自信を高める。
職場で新人が自ら働きかけることも大切

組織社会化の研究では、近年まで、新人が受動的な存在として捉えられてきました。しかし新人は会社から影響を受けるだけではありません。新人もまた会社に対して影響を与えます。
新人が自らの適応のために積極的に振る舞う、「プロアクティブ行動」に注目が集まっています。プロアクティブ行動とは、新人による、自分や環境に影響を与える未来志向で変革志向の行動を指します。
新人のプロアクティブ行動が適応にポジティブに作用するのは、「自分を取り巻く環境を理解するには、自分で動いたほうが早い」からです。新しい会社に入ると、どうにもならないことの多さに悩むものです。
けれども、プロアクティブ行動を取れば、少しずつコントロールできることが増えていきます。新人によるプロアクティブ行動の例を7つ挙げましょう。
1.自ら情報を探しにいく
2.自分の仕事ぶりに対するフィードバックを求める
3.上司と良好な関係を築く
4.社内での人脈作りに励む
5.オフィスに立ち寄るなど、親睦を深めようとする
6.自分の仕事を変えてもらうように交渉する
7.物事をポジティブに解釈する
会社やチーム側から制度的戦術で新人にアプローチし、新人自らのプロアクティブ行動を承認していけば、早期の戦力化が可能になりそうです。ぜひ参考にしてみてください。
※本記事は『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』内の「14 新人を早期戦力化したい」を元に作成しています。実際には多くの文献や研究結果を元に記載されておりますが、その注釈は省略させていただきます。
『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学 』
(伊達洋駆著・すばる社)

2022/2/24
¥3,540
単行本 : 352ページ
4799110004
人や組織をめぐる44項目の課題を取り上げ、会社における人の心理や行動を探求する「組織行動論」の研究知見をもとに、対策を解説。実務に有益なエビデンスがひととおり揃う一冊。