ある新聞の読者投稿欄に寄せられた専業主婦からの質問が話題になりました。
子育ては終わったけれど、外で仕事をするより家事の方が好きな女性です。ところが周囲のママ友たちはいつの間にか全員働いており、「どうしてあなたは働かないの?」と聞かれるたび、責められているような気持ちになってしまうのだそうです。それで、「私はまちがっているのでしょうか」というのが質問の主旨でした。「専業主婦が幸福」という日本人の価値観が変わりつつあることがよくわかります。
専業主婦とは家事と子育てを「専業」にする女性ですから、子育てが終わると主婦としてのアイデンティティは失われてしまいます。そこで多くの女性が、別の場所にアイデンティティを求めて働くようになります。
私の知人の女性は大学卒業と同時に結婚し、すぐに2人の子どもが生まれて、一度も働いたことがありませんでした。夫は高収入のサラリーマンで経済的にはとくに不満はなかったのですが、2人目の子どもが大学に入った頃から「燃え尽き症候群」に陥ってしまいます。家に一人でいてもやることがなく、自分が社会や家族に貢献しているという実感がなにもないのです。
そこでまわりの勧めもあって、50歳ではじめて働くことにしました。職場は通信教育の会社で、非正規社員として英語の答案採点をしていたのですが、3年ほど経つうちに若手社員に仕事の手順をアドバイスするようになりました。
じつは彼女は、大学院で外国語の修士号をとっていました。それで教育関係の会社に派遣されたのですが、頼りにされたのは専門知識があったからではありません。その会社の若手社員は20代前半で、彼女の子どもとほぼ同じ年代でした。
無職の50歳が初就労で時給3000円!? 生涯現役社会で稼ぐ高齢者3人に学ぶ
会社に「安心」を求めて終身雇用にこだわり、タコツボで苦しんでいる会社員がいる。一方、50歳を超えてもポジティブに挑戦することで思わぬ高収入を得る人たちがいる。生涯現役社会で成功する3人の高齢者のエピソードを『不条理な会社人生から自由になる方法 働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)から一部抜粋・再構成してお届けする。
50歳から働きはじめて5000万円
「年をとったら使い捨て」はもう終わり
彼女にしてみたら、自分の子どもやその友だちの相手をするのと同じ感覚で、若手社員の方も母親から注意されるようなものなので、上司の指導や叱責とはちがって素直にいうことを聞けるのです。
こうして若手社員の世話をしていると、こんどは新任の管理職が彼女のところに仕事のことを聞きにくるようになりました。日本の会社は社員を頻繁に異動・転動させるので、まったく畑違いのところに送られて戸惑うことは珍しくありません。部下に教えを乞うのは抵抗がありますが、長く勤めている非正規の女性(それもずっと年上)なら、妙なプライドを捨てて「わからないから教えてください」といえるのです。
こうして5年ほど経つうちに、その職場は彼女なしには回らなくなりました。そして、これは私もほんとうに驚いたのですが、一部上場の大手教育会社が、55歳の非正規の彼女に対して「正社員になってくれないか」といってきたのだそうです。彼女は、「正社員はヘンな責任があるし、休みを自由にとれないから面倒くさい」とこの提案を断ったそうですが。
それでも彼女は、いまも契約社員の最高ランクの時給で働いています。時給はだいたい2500円から3000円くらいでしょうから、フルタイムで働けば年収500万円です。仮に週に3日ほどでも年収200万円から300万円にはなりますから、15年働いたことですでに3000万〜4500万円の「超過収入」を稼いだことになります。彼女は現在60代半ばですが、「70歳までは働きたい」といっているので、生涯収入は5000万円を超えるでしょう。
人手不足が深刻化する日本では、「年をとったら使い捨て」なんてことはもうできなくなりました。そこそこの能力と気配りができれば、50歳まで一度も働いた経験のない女性でもじゅうぶん人的資本を開花させることができるのです。
60代後半でベンチャー企業の顧問
次はゲームの開発会社を立ち上げた若い起業家から聞いた話です。
あるときアメリカの会社から、彼が開発したゲームの販売契約を結びたいというメールが届きました。はじめてのことでびっくりした彼は、どうしたらいいかわからず、海外企業との契約を専門とする法律事務所に相談しましたが、目の玉が飛び出るような料金を提示されて驚愕します。だからといってせっかくの機会をあきらめる気にもなれず、藁をもつかむ思いでクラウドソーシングのサイトに登録してみたといいます。
クラウドソーシングというのは、ネットを通じて仕事を仲介するサービスで、ふつうはちょっとしたアルバイト業務に使われるので、ほとんど期待していませんでした。
ところがその日のうちに、「私がやってもいいですよ」というひとが現われました。あまりに軽いノリなので、ほんとうに専門的な法律の知識があるのか半信半疑のまま資料を送ったところ、3日後には、先方から提示された契約のどの条項の修正を求めるべきかという詳細なアドバイスと、こちらが提示する英文の契約書のドラフトが送られてきました。しかもその報酬はたった3万円でした。
若い起業家はびっくりして、住所を聞いて会いにいったといいます。東京郊外の質素な家に暮らしている60代後半の男性でしたが、話を聞いて事情がわかりました。大手電機メーカーの法務部で長年働いていて、何百件もの海外企業との契約を扱ってきたというのです。
ポジティブに挑戦してみたれば…
この男性の場合は経済的な理由というより、退職後のヒマつぶしにクラウドソーシングに登録していて、面白そうな案件だったから引き受けてみた、ということでした。若い起業家は自分の幸運が信じられず、その場で頭を下げ、三顧の礼で顧問になってもらったそうです。
最後は出版関係の知人から聞いた話です。
その出版社では早期退職の勧奨を頻繁に行なっていて、経営陣と折り合いが悪かった男性社員が50代前半で退職しました。これからどうするのかみんな心配しましたが、クラシック音楽が好きだったこともあって、音楽関係の募集に片っ端から応募したところ、関東の地方都市の小さなコンサートホールで働くことになったといいます。
ところがそれから5年もしないうちに、2度の転職を経て、東京の大きなコンサートホールの広報責任者に迎え入れられたのです。
その男性は雑誌の編集をしていたので、コンサートのチラシやパンフレットの制作はお手のものです。それが評価されたのかと思ったのですが、理由はほかのところにありました。
男性が友人たちに語ったところによると、音楽業界は(自称)芸術家ばかりで、ビジネス感覚のある人間はほとんどいないのだといいます。
予算を管理したり、さまざまな部門のスタッフを動かしてものごとを進めるという、雑誌づくりなら当たり前のことでも、それができるだけで周囲から驚かれます。その仕事ぶりが評判になって、「うちで働かないか」という誘いが次々と来るようになり、あっという間にキャリアアップしていったのだそうです。
どうでしょう? 「女がそんなに稼げるわけはない」とか「高齢者にそんな仕事があるわけがない」とかいっていないで、ポジティブに挑戦してみた方が人生は楽しいのではないでしょうか。
『不条理な会社人生から自由になる方法 働き方2.0vs4.0』(PHP研究所)
橘玲

2022年3月18日
968円(税込)
文庫 336ページ
978- 4-569-90208-1
人生100年時代に、日本人の働き方はどうシフトすべきか?
本書では、世界の潮流を例に、旧来の日本的なライフスタイルではいずれ立ち行かなることを示しつつ、どのように働き方を変えれば、日本のビジネスパーソンが生き残ることができるか、その解決策を具体的に提示する。
具体的には、
●生き方・働き方が衝撃的に変わる未来
●世界も日本も「リベラル」になっている
●組織に属す働き方、属さない働き方
●「好きなことで生きていく」しかない残酷な世界
●「ぬるい日本」でさっさと億万長者になる
●「どこでも誰とでも働ける」という生き方
●始めるのに遅すぎるということはない
など、煩わしい組織や人間関係から抜け出し、未来世界で生き延びるヒントが満載! これからの生き方・働き方に危機感をいだいている人、必読の1冊。
『働き方2.0vs4.0』を改題し、文庫版だけの「特別寄稿」を加えて、再編集。
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