「永住権を取得したり帰化した人も含めて『在日中国人』と呼ぶとすると、そういう人たちが就いている仕事の代表格はIT、貿易、不動産、飲食業。それも日本内外の中国人が相手のビジネスです。たとえば日本の不動産業に関して言うなら、裕福な中国人が海外に資産を確保するため、FIRE(経済的な自立と早期リタイア)してゆっくり海外生活を送るため、あるいは投資目的で中国人に需要があり、その売買に日本在住の中国人が媒介になっている、というケースがあります」(趙氏)
また、飲食業といえば中華料理がすぐに思い浮かぶだろうが、ほかにもタピオカミルクティやチーズティなど日本でも若年層を中心に広く流行したものもあれば、螺蛳粉(ろすふん。ビーフンの一種)、海底撈火鍋、撒椒小酒館、蘭州ラーメン、ビャンビャン麺など、もともとは在日中国人やインバウンドの中国人観光客向けに日本ローカライズされていない中華料理を展開していたものが日本人にも支持されるようになったケースもある。
「越境ECやインバウンドで人気の商品を日本人が買うようになったケースもあります。たとえば肩こりに効果がある磁気ネックレスは、実は2010年前後から日本以上に中国人に爆発的に売れたことで改めて『これ、人気があるの?』と注目され、逆輸入的に日本人にも波及したと言われています」(趙氏)
つまり、在日中国人約85万人+訪日中国人約960万人(日本政府観光局調べによるコロナ禍以前の2019年データ)市場に加えて、中国人向けに展開しているビジネスから生まれたトレンドが、逆輸入のように日本人にも広がることがあるわけだ。

85万人の巨大市場を持つ在日中国人が、中国本土14億人への対中ビジネスのカギを握る
日本に住む中国(系の)人の数は現在約85万人。出入国在留管理庁によれば、2021年6月時点で日本に在留する中国人の数は約74.5万人。法務省民事局の統計から計算すると、過去30年に中国籍から帰化した人の数は合計約10万人。比べて、2020年の日本の新生児の出生数は 約85万人。つまりほぼ同じ規模になる――しかもコロナ禍に入る前まで、在留中国人数は増加傾向にあった。全日本人の1学年分が生活し、毎日何かしら購買していると考えると、マーケットとして無視できない大きさだ。特に40代以下では比較的裕福で、高学歴な人たちも少なくない。在日中国人は中国からのインバウンド、あるいは海外の中国系市場への越境ECに関わっている人も多く、「日本における中国系向けビジネス」の要にもなっている。そしてそれらのトレンドは日本人にも影響を与えている。在日中国人によるインフルエンサーマーケティングや越境ECのコンサルティングを手がける株式会社NUESE代表の趙会娟(Vivian Chou)氏に、在日中国人市場/ビジネスの実態とそれが日本企業にとってどんな意味やチャンスがあるかについて訊いた。
在日+訪日中国人に閉じずに日本人にもトレンドが広がっていく
在日中国人によるビジネスが、チャンスはあるのに長期間・大規模になりにくい理由
こうしてみると、なかなかのビジネスチャンスがあるように思えるが、在日中国人たちは、在日+訪日中国人マーケットに関する情報をいったいどこから得ているのか。
「ビジネスに限らず、私たちのコミュニケーションツールは基本的にWeChat。中国語や中国人のLINEグループもありますが、ほとんど使いません。仕事からプライベートまで、何かあればWeChatでグループがどんどん作られてネットワークが広がり、情報共有や議論、はたまたモノの販売もしています。たとえば、日本ではなじみの薄いザリガニやカエルのような食材を使った中華料理のデリバリーを手がけている業者もいます(笑)」(趙氏)

WeChat上で中華料理のデリバリーをする業者のアカウント(提供:趙氏)
WeChatを使って中国語でやりとりすることが前提となると、そこに入っていくのは大半の日本人にとっては難しく、中国人が主に中国人向けにビジネスするサイクルが回っているだけのようにも思えるが――実は、在日中国人が手がけるビジネスは巨大になりにくい構造があり、そこに日本人や日本企業が関われるチャンスがある。
というのも永住権を持たず、帰化していない場合、在日中国人は日本で企業に勤めていたとしても、そこを辞めてしまったら、基本的には3か月で在留資格(就労ビザ)が切れてしまう。だから兼業ではできても、独立して専業で取り組める人は少ない。
また、それができたとしても小規模ECや不動産業、飲食業、個人のインフルエンサー業ではベンチャーキャピタルから投資を受けづらい。中国の投資家は日本市場のことがよくわからず、日本の投資家は在日中国人ネットワークと接点がなかったり、その先にある中国人市場のことがわからなかったりすることが多いからなおさらだ。
加えて日中関係が悪化すればモノや人の移動に制限がかかるかもしれないというカントリーリスクを懸念すると「日本と中国の情報やモノの差を利用して一気に稼ごう」と短期志向になりやすい。
「でも、本当は在日中国人と日本人、日本企業が組むことで、お互いに中長期的にビジネスを大きくできるはずなんです」(趙氏)
日本人と在日中国人がともに取り組むことでビジネスが広がる
具体的にはどんなやり方があるのか。
中国語のできない日本人が中国人コミュニティに直接入っていくことが難しければ、たとえば抖音(中国でのTikTokの名称)や小紅書(RED BOOK。中国版Instagram)、YouTubeで活躍する在日中国人インフルエンサーなどにコンタクトを取り、ハブになってもらうといった方法がある。
「日本と中国のことが両方わかり、中国語、日本語、英語のトリリンガルである日本在住の中国人KOL(キー・オピニオン・リーダー)を活用すれば、在日+訪日中国人だけでなく、中国本土の14億の人たち、あるいは全世界に6000万人いると言われる在外中国人相手のビジネスにつながる可能性もあります。日本のメーカーやEC事業者にとって大きなチャレンジになりえるんです」(趙氏)

趙氏の会社と契約しているKOLたち
趙氏はほかに日本人の参入余地が大きい在日中国人向けの事業として、教育ビジネスを挙げる。たしかに近年、中国資本系のインターナショナルスクールが日本でも次々に作られているが……
「中国人の親はとても教育熱心。子どもの教育に失敗したら親失格だという風潮があるほどです。若い在日中国人には富裕で高学歴な人が多いですから、なおさら関心が高い。インターナショナルスクール以外にも様々な習い事の塾などもいいと思います」(趙氏)
中国では子ども向けに限らず各種オンラインスクールが非常にさかんになっているというが、日本ならではの文化に関する分野で、中国語で開講するオンラインスクールもアリかもしれない、ということだ。

趙氏の会社NUESEでもインフルエンサー育成などオンラインスクール事業を手がけている(提供:趙氏)
14億人の中国市場は言うまでもなく巨大だが、在日中国人85万人も決して少なくはない。しかも在日中国人は、日本で流行する中華系コンテンツやサービスに従事していたり、あるいは食品やコスメのトレンドに火を付ける影響力を持っていたりする。そのため、日本にいる中国人と接点を持つことがむしろ、海の向こうへもつながる近道にもなりえる。
コロナ禍が明けるまではインバウンド需要は回復が難しいだろうが、すでに日本に在留している人たちは突然減ったりはしない。改めてその身近な存在に目を向けてみてもらいたい。
取材・文 飯田一史
新着記事
『こち亀』界きっての凡人、寺井洋一!



韓国映画創世記の女性監督を探る心の旅を描く 『オマージュ』。シン・スウォン監督に聞く。

【暴力団組長の火葬】「おじきは強い男やったんや! そんな小さいしょうもない骨入れんな!」若頭の一言に一流葬場職人になるための試練が…(7)
最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常(7)

