『ドキュメント72時間』|定点カメラが映し取る現代日本の共同意識【テレビにはまだワクワクがある|ヒコ】_a

定点カメラが映し取る現代日本の共同意識

コロナ禍で人と会う機会が減ったせいなのか、誰かの日常の営みに触れたい。それは見知らぬ誰かでも構わない。そんなときに、テレビのチャンネルを合わせるのが「家、ついて行ってイイですか?」、もしくはこの「ドキュメント72時間」だ。すでにパイロット版の放送から10年を超える長寿番組だが、今なお熱狂的なファンを増やし続けている。

この番組が実践しているのは、ある一つの場所を定め、そこに3日間カメラを置き、市井の人々の生活や感情を定点的に観測するという試みだ。シナリオや仕込みはいっさいなし、事前取材やロケハンも最低限しか行わないという。撮影場所に選ばれるのは例えば、大病院のコンビニ、無人駅、熱帯魚屋、献血ルーム、お弁当屋…そこには“営み”の、いや、“命”の多様性のようなものが映し出されている。われわれの想像をはるかに超える、まるでドラマのような壮絶で豊かな人生の断片。そう、あくまで断片なのだ。現代版“柳田民俗学”を志向する「家、ついて行ってイイですか?」とは異なり、その被写体にどんなに濃密なドラマの予感があろうとも、家にはついて行かない。けっしてその人の人生にクローズアップすることはなく、そこらに転がる当たり前のものとして扱う。であるから、ドラマの気配だけを映し取り、カメラはまた別の被写体に向かっていってしまう。

「ドキュメント72時間」が映すのは、ある場所を通り過ぎる人々の断片、その人生の“途中”なのである。「はじまり」も「おわり」も映し出されていないからこそ、今を生きる“声”がみずみずしく振動し、観る者の心をとらえるのかもしれない。この番組は、現代に暮らす人々の無数の声が織り重なってできたポリフォニーだ。それは、現代社会の“共同意識”のようなものである。そして、そのポリフォニーは松崎ナオの「川べりの家」という形で、確かに私たちの耳に届く。


大人になってゆくほど 
涙がよく出てしまうのは
1人で生きて行けるからだと
信じて止まない
それでも淋しいのも知ってるから
あたたかい場所へ行こうよ

松崎ナオ「川べりの家」


誰もがみんな癒やしがたいさびしさを抱えている。この番組は、みんなの“孤独”がほんのひと時交わる、あたたかい場所だ。

「ドキュメント72時間」
NHK総合テレビジョンにて金曜22時45分から放送中。
提供 NHK

ファミレス、空港、居酒屋…。毎回、一つの現場にカメラを据え、そこで起きるさまざまな人間模様を72時間にわたって定点観測するドキュメンタリー番組。

JASRAC 出 2201605-201


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