日本は美しくあろうとするプレッシャーが大きい(安川)
──面白いのは、脚本は『愛なのに』『猫は逃げた』の城定秀夫監督で、男性の目線も入り込んでいるところです。昨年、東京国際映画祭で今作がアジアの未来部門で上映されたとき、安川監督と城定監督と脚本を叩きあげているとき、白熱したやり取りをされたと仰っていましたが、どういう話し合いがあったのですか?
安川「原作にもある重要な要素として、アイコが宮沢賢治の『よだかの星』の話を取り上げて、ルッキズムについて言及する場面があるんですけど、日本って例えば広告においても画一的な美というものを前面に押し出すというか、そのイメージに合わせなきゃというプレッシャーが大きかったりしますよね。アザということになると「美」という観点では語れない差別に苦しんでいる方も多くいらっしゃいます。そう言った社会の歪みをこの映画でももっと扱ってもいいのではと私は思っていましたが、城定さんからは社会派の側面を強めるより、この映画はあくまでもエンターテイメントなんだから、アイコのストーリーに集中した方がいいんじゃないかと。そこが若干、意見が分かれるところだったんですけど、結果的にはいいバランスで入れられたのではと思っています」
──2018年にイギリスのブランドのファッションブランド「Missguided(ミスガイデッド)」が#InYourOwnSkinと名づけたキャンペーンで、先天性白皮症(アルビノ)、やけどの痕、そばかす、タトゥー、生まれつきのあざや乾癬のあるモデルを起用して、加工も修正もしないありのままの自分を打ち出すことのスタイルを提示して話題になりましたが、見ている私たちの意識ひとつで、見慣れるか、見慣れないかの問題かもしれません。それこそ最初に松井さんが話された私たちがフラットに見ることの大切さですよね。
松井「撮影中、私はアザがあることを忘れちゃっている時間の方が多かったりして、お芝居をする中、突然、あざに対する話題が出てきたり、飛坂さんとの恋愛で不安になる感情の時だけ、今ここにアザがあるんだっていう感覚がにわかに浮き上がってくる感覚だったんです。アイコも四六時中、自分のアザについて考えているというよりは、何かきっかけがあることでふっと立ち上がるものだったりするんだと思う。いろんな人から、すごい大変だったでしょうとか、大変な役だねって言われるんですけど、自分の中では想像されているような大変さはなかったなと思います」
自分にとってのウィークポイントは見方を変えるとチャームポイントに変わる(松井)
──飛坂の行動として、出会ってすぐにアイコにコンパクトミラーをプレゼントするじゃないですか? あれはお二人の中ではアウトな行動ですか? それとも全然許せる行動ですか?
安川「松井さんはあのシーンを映画で絶対にやりたいと言っていたんですよね。大好きなんですよね」
松井「原作だと、鏡を渡された瞬間に、アイコは『え!?』って思ってるんですよ。『なんで私に鏡なんか渡すの』って、すごく失礼だとちょっと怒っている気持ちもありながら、飛坂さんにその理由を聞いて腑に落ちるっていう。飛坂さんなりの愛情や思い、考えがあっての行動なんだとわかるんですけど、私は、あの飛坂さんの行動は、自分にとってウィークポイントになることって、見方を変えるとある意味チャームポイントにもなるっていうのを教えてくれてるような気がしたんです。映画では手渡ししてたんですけど、原作だと飛坂さん、鏡をアイコに投げるんですよ。彼が投げて、アイコがキャッチするんだけど、そのこそばゆい感じもすごく好きだった。実際の撮影で、なんだろう、これって、鏡を受け取ったとき、宝石を渡されたみたいな煌きが映像の中にも写ってて。あのシーン、すごく好きですね」
安川「鏡、投げなくて、大丈夫でした?」
松井「投げなくて大丈夫でした。キャッチできる自信なかったんで(笑)」
安川「ロケハンの時に助監督と試したんですけど、投げてキャッチするの難しいなあってやめたんです。私も、原作を読んだとき、この飛坂の行動は『え?』って思ったし、城定さんとも『大丈夫かな』って話をしたんですけど、松井さんが『このシーンは大事だって』と仰ってて、ほんと撮れて良かったです。
まあ、私は同じ映画監督なので、飛坂をちょっと疑いの目で見てしまって、変に印象付けようとしてるのかなって思ったりもして(笑)。他にこんなことやるやついないだろうと思いつつ、演じてくれた中島歩さんがすごい自然体で、ああ、そうか、飛坂も自然体でやれる人なんだって納得したんです」
中島歩さんは隙を見せるのがとっても上手(松井)
──飛坂さんはそれまで心にちょっとした鎧をまとっていたアイコにするするすると入り込んで、緩やかに心のこだわりを溶かすようなところがありますよね。最初の居酒屋でアイコの本について感想を語る場面で、アイコがつい気が緩んでぽろぽろぽろと涙を流すところなんて、松井さん、すごいなあと感じました。
松井「監督が奮い立たせてくれたんです。アイコの閉じてた心が開き始める大事なシーンでもあったので当日はすごい緊張してました。ちゃんとできるだろうかって。他にもそういう場面はたくさんありました。初めてキスする場面とか」
安川「初めてのキスの場面は直感的というか、段取りをガチガチに決めて臨んだわけじゃなくて、自然にああいう動きになってやってみたら、凄く二人のキスシーンが自然に撮れて、私もとても気に入ってるシーンなんです」
松井「あれは多分、中島さんが上手なんだと思います。あのシーンを見るたび思ってますね。あそこではアイコは別にキスをしたいと思ったわけじゃないんですよね。彼の書棚に見知らぬ女性の写真を見つけて、そのことを聞くか聞くまいか、どうしようと思い悩んでいるところで、全然そういうつもりが無くて彼を見ていたら自然にされちゃったっていう。あれはもう華麗なる中島さんの技だったと思います(笑)。
ちょっと手を差し伸べたくなるような部分を中島さんご本人が持っているのか、お芝居の中で出すのがうまいのか分からないんですけど、アイコが自分をモデルとした映画の脚本を読んで、『映画化をお願いします』と言ったときの、『やったー』って喜ぶのが、眠そうなテンションで返されたときに、この人、天才なんじゃないかなと思って(笑)。私、あれ、大好きなんですけど、あの絶妙なゆるさって二人の距離感の表わしだと思うんです。飛坂さんがあそこまで気を許した感じになることに対して、アイコは嬉しくなるというか。そういう隙の見せ方がうまいのか、もともとそういう属性の人なのか、まだ底が知れないんですけど、飛坂さんが魅力的になってるのは中島さんが演じているからですよね」
安川「私自身は、飛坂の持っている芸術至上主義みたいなものにちょっと傷つくこともあるんです。アイコが自分をモデルとした物語の映画化を受け入れたうえで、もっと個人対個人として向き合うことを求めているのに、飛坂は映画を通してしか向き合っていないみたいな。そこを断罪するわけじゃないですけど、それっていい関係なんだろうかという疑問があったので、白黒つけられないような書き方ではあるんですけど、観客の皆さんにも『どうなんですかね?』という問いを提示しています」