母親という役割を捨てることのできない女性の葛藤
──マドレーヌとニナはフランス人とドイツ人のカップルですが、監督の故郷であるイタリア人だと、お母さんの自己犠牲が強く、家族を優先してしまうだろうから、設定としては成り立たないと考えられたからですか?
「マドレーヌが、恋人としてのニナよりも、母親として家族を優先してしまう、そこはフランス人であろうと、イタリア人であろうと、私は母親の存在というのがとても大きく、重要だなという認識がもちろんありました。私はイタリアの小さな町で生まれ育ちましたが、南フランスのモンペリエも小さな町で、宗教観や、歴史などイタリアと大差はないのではないかとやっぱり思いますね。そういう意味では、自分自身の育った環境が、マドレーヌの役柄に反映している部分はあると思います」
極端に台詞が少ない脚本 視線の強さにグラデーションを決めた
──素晴らしかったのが、マドレーヌ役のマルティーヌ・シュヴァリエさんと、ニナ役のバルバラ・スコヴァさんの演技です。特にバルバラさんは、ドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ローラ』(1981)のヒロインで、映画ファンには時代を超えたアイコンだと思います。元々二人は、言葉を介さぬ、静かな時間で結ばれたカップルでしたが、病でマドレーヌが言葉を発せなくなった後は、ニナがマドレーヌの真意が読み取れなくなって、不安になっていきます。その変貌を監督はサスペンス調の演出で撮られていますが、その意図は?
「スリラー仕立てで撮ったということに関しましては、まず第一に、個人的にスリラーが大変好きなジャンルだということと 関係しています。ただ、それだけではなくて、この物語は何をテーマにしているのかというと、二人の関係をアンナにはまだ言えない、つまりは秘密の関係であるという話の進み方をしていますので、映画の語り口としてスリラーという枠組みがうまく合致するのではないかと考え、このスタイルを取っています。観客は、二人の関係の中に、言葉を介さぬ、どういった感情の暗号があるのか、病気が発症する前から、読み解くような謎解きゲームに参加してくれているかと思います。
元々、全体的に台詞が少ない脚本なのですが、特に後半部分はマドレーヌの台詞はありません。で、脚本には台詞の代わりに何が書いてあったかと言うと、目で演技をするということを書き込んでいました。視線で多くの感情を語ってもらうために、いくつかの作戦を立てて、お二人の表情を至近距離から撮影しました。特にマドレーヌの視線の強さにはグラデーションを決めて、この場面ではこのくらいの視線の強さでなど、本当に細かなニュアンスの違いをお願いし、小さな動きに対してエネルギーを注力してもらって、それを細かくチェックして撮影していきました。これは、とても大変な撮影の連続でしたが、とても面白い行程でもありました」
大女優に信頼されるには、誰よりも、より良く、より多く働くこと
──監督は長編映画としてはこれが初監督作にあたり、新人監督なのですが、どうやって、この巨匠の女優の出演を承諾してもらったんですか?
「仰る通り、マルティーヌ・シュヴァリエさんも、バルバラ・スコヴァさんも、大変なキャリアを今まで築いてきた大女優ですよね。先程、ファスビンダー監督の『ローラ』の話をされましたが、僕もあの映画を見たとき、本当にバルバラさんの才能に心打たれて、非常に強い印象を受けました。ええ、僕にとっても彼女はアイドルだったわけです。
で、もうひとり、マドレーヌの娘役を演じたレア・ドリュッケールさんも、主演二人の大女優に負けないほど素晴らしい女優で、この3人がオファーを受けてくれたのは自分にとっても大変興奮することですし、幸福な出来事でした。彼女たちは、初監督だということにも関わらず、私のことを大変信用してくれました。これは、彼女達から大きな贈り物を頂いたなと思っています。受けてくれたのは、土台に私への信用があったからだと思います。そのためには、誰よりも、何しろたくさん働くということですね。より良く、より多く働いて、映画を作るための回答を用意し、困難を乗り越えていくことが重要だなと考えています。
誰の言葉だったかわすれてしまいましたが、『才能というのは90%が汗で出来ている。残りの10%がもってうまれた才能である』と。この言葉に私は大いに賛同します」
映画は監督ひとりのものではなく、キャストとスタッフの協力が大事
──3人の大女優から、特別にリクエストなどはありましたか?
「なかったです。ただ、何でも話すようにしました。脚本についてでもなんでも。説明をすることが重要だと思って、多くの会話をしました。そうすることで、彼女たちも気分よく演技をしてくれたと思いますし、彼女たちもなんでもオープンに話してくれました。映画は監督ひとりのものではなく、キャストとスタッフの協力が本当に大事だと思います。多くの人がいることによって、多くの意見が持ち寄り、より良い作品ができると確信しています」
──余談ですが、この映画はマドレーヌとニナの飼っている猫が素晴らしい演技をしますよね。特にラストシーンの名演技には鳥肌が立ちましたが、どうやって演出したんですか?
「あの猫は本当に優秀な協力者でしたね。僕はこの作品の前に撮った短編でも動物を登場させているのですが、映画の中に動物を入れ込むのが好きなんです。というのも、動物は予測不可能な動きをするじゃないですか。何が起きるかわからないという期待を込めて出していて、自分の想像を超える動きをすることを楽しみにしています。
で、この映画のラストの猫の演技ですね。どうやって、あの素晴らしい動きを生み出したかというと、これはもう、何よりも餌です(笑)。同じ場所に留まって欲しいければ、そこに餌を置いています。加えて、人間の俳優さんと同様、ひとえに優しくすることが何よりの演出法だと思っています」
ふたつの部屋 ふたりの暮らし
南仏モンペリエを見渡すアパルトマンの最上階で、向かい合う互いの部屋を行き来して暮らす隣人同士のマドレーヌのニナ。ふたりは仲のいいご近所さんという関係以上に、密やかに愛を育み、終の棲家としてローマに移り住む計画を育んでいた。ところが、マドレーヌが急な病で倒れ、身体に麻痺が残り、発語も難しくなったことから、2人の関係をマドレーヌの家族に明かすことが困難に。恋人として親身な看病すら難しくなったニナは、様々なアプローチで、マドレーヌの真意を読み取り、彼女の望む介護をしたいと願うが、隣人という立場では立ち行かない。ふたりの夢はどうなるのか……。
監督:フィリッポ・メネゲッティ
脚本:フィリッポ・メネゲッティ、マリソン・ボヴォラスミ、フロランス・ヴィニョン
製作:ピエール=エマニュエル・フランティン、ローラン・バジャード
出演:バルバラ・スコヴァ、マルティーヌ・シュヴァリエほか
2019年製作/95分/G/フランス・ルクセンブルク・ベルギー合作
原題:Deux
配給:ミモザフィルムズ
4月8日からシネスイッチ銀座ほか、全国順次ロードショー