――女性にとっての性は、男性にとっての性とは違う。自己言及的な奥の深さがあるんだなと感じました。

そうですね……。私もまだそれを「きちんと理解した」とは全然言えないのですが、「セックス」について、それを愛の行為と思う場合もあれば、「私の一番の商品」ととらえる人もいる。
男性と同じようなかたちの性欲や肉欲みたいなものはある。それを解消するための、「目的としての性」もあれば、それを武器にして男性にはできないかたちで社会を上りつめていく「手段としての性」もある。それに、まだ若くて自分が社会に提供できるものが少ない時期に、安易なかたちで換金できる「商品」にもなり得るわけじゃないですか。

あるいは、自分の「性」に注目が集まったり、他者にそれを欲望とされることで自尊心が満たされたりする場合もある。女の人にとって自分の性は意味するものも多様であって、重層的なところはあると思いますね。

「セックスを愛の行為と思う場合もあれば、“私の一番の商品”ととらえる人もいる」夜の世界も昼の社会も知る作家・鈴木涼美_3

――確かに。

もちろん、男の人だって「性」の意味するところは単純な性欲処理だけじゃない。たとえばヤリチン自慢みたいな人の場合であれば、それは自尊心を満たすトロフィー的な意味合いを持つわけで。

でも、私が女だから女に肩入れして見てしまうのもあると思いますけど、女にとって自分の「性」はより複雑なものかなって思います。
もちろん、性的に見られることに強く不快感を覚える人もいれば、男性が女性を性的な客体として描いたりすることすら許しがたいと思う人もいる。性的に魅力的だと見られるがゆえに「それ以外の自分を見てもらえない」というところで、生きづらさを感じている女の子たちもいます。
自分もAV業界にいたことがあるので、そういう視線があることはすごくわかります。やっぱり複雑で、そこには社会学の論文の中に書き込めない領域がある。だから私にとって、小説という表現方法を得たことはすごく良かったんです。

――いわゆる「言論空間」は、まだ男性寄りの権力構造が色濃い。女性について語ろうとしても「それに絡め取られてしまう」ということもあるのでしょうか。

ただ、セックスって遂行されるためには、まず男性に勃起してもらわないとはじまらないわけじゃないですか。
確かに男女の非対称性がすごく不快なものである場合もあるけど、とはいえ、勃起はしてもらわないと困る。となると、性に関する言及が男性中心的な目線になったり、セックス産業的なものが男性の性欲中心になるのはある意味、しようがないところもあるんです。こちらも勃起されないと困るみたいな事情があるので、そこはどうしても現れる非対称性のひとつではあるとは思います。
そうしたいっぽうで、女性が男性に対して性欲を持つことは今の時代、そこまで批判されませんよね。しかし現代の空気の中では、男性は、性欲というものをかなり抑制的に発露しないと糾弾される可能性がある。そういう意味では今は女性のほうが自由なのかもしれない。どちらがいいとか悪いとかいうつもりは全然ないんだけど、そうした違いはあるなって感じがします。
でも私が興味あるのは、やはり女の子のほうですね。女性について考えると、おのずと男性のことも考えることにはなりますけど、男の悲哀は「男が向き合ってくれ」っていう感じで(笑)。

「セックスを愛の行為と思う場合もあれば、“私の一番の商品”ととらえる人もいる」夜の世界も昼の社会も知る作家・鈴木涼美_4
すべての画像を見る

たぶん時代によって社会は変わるし、夜の街も変わっている。人の気分もいろいろだろうと思うんです。だから時代にせよ、場所にせよ、登場する人物の世代にせよ、これからもいろんな組み合わせは出てくるような気がします。

ひとついえるのは、黒と白に見えるものであっても、よく見るとぜんぜん違う。ぜんぶグラデーションでできている。そんな領分は、社会学の論文や、あるいは新聞記事みたいなところではなかなか拾うことが難しい。そこを小説で負っていきたいな、と思っています。

文/堀田純司 撮影/井上たろう

ギフテッド
鈴木涼美
「セックスを愛の行為と思う場合もあれば、“私の一番の商品”ととらえる人もいる」夜の世界も昼の社会も知る作家・鈴木涼美_5
2022/7/12
1650円(税込)
118ページ
ISBN:978-4163915722
第167回芥川賞候補作にして、『「AV女優」の社会学』『身体を売ったらサヨウナラ』などで知られる鈴木涼美の、衝撃的なデビュー中編。歓楽街の片隅のビルに暮らすホステスの「私」は、重い病に侵された母を引き取り看病し始める。母はシングルのまま「私」を産み育てるかたわら数冊の詩集を出すが、成功を収めることはなかった。濃厚な死の匂いの立ち込める中、「私」の脳裏をよぎるのは、少し前に自ら命を絶った女友達のことだった――「夜の街」の住人たちの圧倒的なリアリティ。そして限りなく端正な文章。新世代の日本文学が誕生した。
amazon

「歓楽街で女性の体をもって生きることについて、生涯をかけて考えていくことになるのだろう」―鈴木涼美『ギフテッド』に寄せて はこちら