日本に興味を抱いたきっかけは禅

『コンビニエンス・ストーリー』を企画したアメリカ人映画評論家の数奇な運命_3

出身はアメリカ・オハイオ州。幼少期はディズニーアニメが好きで、映画『底抜けシリーズ』で知られるディーン・マーティンとジェリー・ルイスのコメディにも夢中になっていたという。日本への興味も映画かと思いきや、禅からだったという。1960年代の米国では、曹洞宗の僧侶・鈴木俊隆が書いた「禅マインド ビギナーズマインド」がベストセラーになっていた。

「ミシガン大ではアメリカとアジアの歴史を専攻したのですが、当時、アジアの宗教に興味を抱いた学生は多かったと思います」

1971年に同大卒業。以降、タクシー運転手、ガードマン、ペンキ屋など様々な職に就いたという。そんなときに見つけたのが、ソニーが行っていた英会話学校(ソニー・ランゲージ・ラボトリー)の講師募集広告。

「“日本に行ける!”と思い、即、応募しました」

かくして1975年に来日。同校に5年間勤務し、その後、高校や大学でも講師を務めた。同時に始めたのが英字新聞や雑誌に寄稿するライターの仕事で、1980年からは英語版相撲雑誌「SUMO WORLD」で執筆を始めた。実はマークさんは、映画評論家よりも相撲の専門家としての歴史の方が長い。NHKの海外放送で相撲中継の解説員も務めているほどだ。

「勤務していた学校の近くにはラーメン店があって、大体、テレビの相撲中継を流していたんです。当初は日本語が分からなかったけど、相撲を見るだけなら問題なかったですからね。(ハワイ出身の)高見山が活躍していて、彼の本も執筆しました」

そう、今でこそ日本語でインタビューもこなすマークさんだが、来日当初は日本語が分からず。1976年に日本人女性と結婚したが、留学経験もある夫人だけに、家での会話はもっぱら英語。日本語は自ら日本語学校の門を叩いて習得したものだという。

「ちょうど黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』(1975)が公開されたので見に行ったら、日本語字幕で(セリフはロシア語と中国語)チンプンカンプン。日本の映画を見られるようになるために勉強しました」