小説による町おこしのモデルにしたい
――竹田市とのコラボで生まれた時代ミステリー

『大友二階崩れ』でのデビュー以来、『戦神』、『空貝 村上水軍の神姫』などの歴史小説をコンスタントに発表してきた赤神諒さん。最新作『はぐれ鴉』は、江戸時代初期、豊後国(大分県)竹田藩で起こった大量殺人事件を発端に、復讐に人生を懸ける青年と仇敵との関係を、ドラマチックに描いた長編小説です。大小の謎が鮮やかに解き明かされる展開は、時代ミステリーとしても一級品。竹田市の全面バックアップを受けて完成したという今作について、赤神さんにインタビューしました。

聞き手・構成=朝宮運河/撮影=山口真由子

「小説による町おこしのモデルにしたい」 大分県竹田市とのコラボで生まれた時代ミステリー 『はぐれ鴉』赤神諒さんに聞く。_1
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前竹田市長の熱意に
背中を押されて

―― 『はぐれ鴉』は豊後国竹田藩を舞台にした時代小説。竹田という土地抜きには成立しない物語ですが、なぜこの地を舞台にされたのでしょうか。

 よくぞ聞いてくださいました。私は大分県を舞台によく歴史小説を書いているのですが、それを竹田市前市長の首藤勝次氏が読んでくださって、「大分合同新聞」さんのご紹介でお会いしたんですよ。その席で、平たくいうと「竹田を舞台に書いてほしい」と口説かれたんですね(笑)。
 前市長は「歴史は立ち止まれば過去になる」という持論の持ち主で、人口が二万人まで減少してきた竹田市を文化で復活させるという考えをお持ちになっています。その心意気と見識にすっかり惚れてしまって、その場で「書きます」とお約束をしました。
 私はもともとデビュー前から、大分県の杵築という町を舞台にした復讐劇を書きたいと思っていたのですが、後日送っていただいた竹田市の歴史資料を当てはめてみると、その構想と奇跡のように符合したんですね。これは竹田で書くしかない、と思いました。

―― 竹田市があるのは大分県南西部。江戸時代は七万石の岡藩が置かれていた町ですが、赤神さんが抱いた印象は。

 盆地にあって、夏は暑くて冬は寒い。そこは私の出身の京都などと同じですね。山の中なので観光客が押し寄せるような町ではありませんが、そのぶん昔の面影が残っています。しかもミステリアスな遺物が町中に点在している。小説に盛り込みたくなるような素材が山盛りの、作家にとってはありがたい土地でした。

―― 竹田の歴史や文化について、かなり調べられたのでは。

 お一人、竹田の生き字引のような方がいらして、分からないことは何でも教えてくれるんです。執筆中も百回以上質問させていただきましたね。たとえば「あそこの石段の段数が分かりますか?」と尋ねると、「さすがに分からないので、今から数えてきます」と現地に行ってくださったり(笑)。取材に関しては竹田市の皆さんに全面的にバックアップしていただいて、とても助かりましたね。

復讐のため、名前を変え
故郷に帰ってきた若侍

―― 寛文六年(一六六六年)、竹田藩城代・山田嗣之助の屋敷で、一族郎党二十四人が惨殺されるという事件が起こります。それから十四年後、事件を生き延びた嗣之助の次男・次郎丸は、山川才次郎と名を変え、竹田に戻ってきました。家族の仇を討ち、山田家を再興するためです。

 才次郎は視点人物なので、読者が感情移入しやすいキャラとして描いています。嫌味がなくて、純粋な武士の青年。長年浪人暮らしを送っていたので、当時の武士が一番大切にしていた忠義をそこまで重んじていません。そこも現代人の感覚に近いところです。執筆している時は、才次郎と自分の視点を重ねて、等身大の気持ちで書いていきました。

―― 江戸から久しぶりに故郷に戻った才次郎は、人を食い殺す「一ツ眼鳥」や、恋する女性に祟りをなす「八尺女」など物ノ怪の噂をいくつも耳にします。さらにお稲荷さんが数多くあったり、呪いの歌が聞こえてきたり、竹田中奇妙なことがいっぱいです。

 これは八割方、竹田で語り伝えられているものなんですよ。こういう物ノ怪はいないですかと生き字引に確認すると、ちょうどいい話を紹介してくれるんですね。八尺女は文字通り背がすごく高い女の妖怪で、ヒロインの人生に影を落とす存在として登場させました。一ツ眼鳥は、作品に書いた通りの石像が残っています。ネットで検索すると画像が出てきますよ。残り二割は創作。たとえばもぐら鳥という地中を走る鳥は、ストーリー上の必要があって私が作ったものです。

―― 「姫だるま」が名産品であるというのも史実通りですか。

 そうですね。作中で書かれているような由来があるかどうかは別として、昔から作られていたようです。どうしてあんな形のだるまが山奥で作り続けられているのか、考えてみるとミステリアスなんです。

―― 剣術指南役として竹田に帰ってきた才次郎。しかし藩士たちは全国から訪れる名士のもてなしに忙しく、才次郎の道場に通う余裕がありません。

 これも史実を元にしているんですよ。竹田藩のモデルになった岡藩では、陽明学者の熊沢蕃山を招いています。今回はあくまでフィクションということで、「鴨沢蕃山」という名前に変えていますが(笑)。岡藩主の中川久清が水戸光圀と親しかったというのも事実。物語自体は完全な創作ですが、利用できる部分は史実を生かしています。物語の発端になった事件にしても、ちょうどあの時期大火事が起こっているんです。ここでエピソードが何か欲しいなと思って年表を見ると、ちょうどいい出来事がある。そういう偶然に何度か助けられました。

―― 赤神さんがこれまで書かれてきた「歴史小説」と、フィクション性が強い今回のような「時代小説」では歴史との距離感が異なりますね。

 そうですね。歴史小説では基本的に史実を動かせないので、人の生き死に、戦の勝ち負けのような部分は、作者の思惑とは関係なく、資料通りに書かないといけない。そこが醍醐味でもあるんですが、物語の自由度は時代小説の方がずっと高くなります。

はぐれ鴉の意外なモデルとは

―― 仇である叔父・玉田巧佐衛門とついに再会した才次郎。その姿は意外なものでした。巧佐衛門は「はぐれ鴉」とあだ名されるほどの変わり者で、質素な身なりでおんぼろの屋敷に住んでいます。

 はぐれ鴉というのは私の叔父のあだ名なんです。大学教員なんですがかなり変わっていて、曲がったことが大嫌い。決して群れないのに、いざという時には事務や同僚から頼りにされている。そういう人間なんですね。もう八十歳を過ぎていますが、私とは親しくて、二人でよく話をするんです。才次郎と巧佐衛門の関係は、私と叔父の関係をイメージして描いています。私の小説でここまで具体的なモデルがいるのは、珍しいかもしれません。

―― ご自分が巧佐衛門のモデルになったことはご存じなんですか?

 それはもう喜んでいて(笑)、『小説すばる』連載の頃からずっと読んでくれていました。

―― いつか仇を討とうと機会をうかがっていた才次郎でしたが、水害に苦しむ領民のために黙々と普請を続ける巧佐衛門の姿に、心を揺さぶられます。この葛藤が大きな読みどころです。

 才次郎は家族の仇を討つために、故郷に戻ってきたんです。その計画が揺らぐほど、巧佐衛門の人間性に惹かれるエピソードを何か作り出さないといけない。ここは少し苦労しましたね。いいアイデアはないかと岡藩の歴史を調べ直してみると、苦心して堤防を作りあげたという記録が見つかった。これは使えるなと思って、物語中盤の大きなエピソードに生かしました。ここも史実に助けられた部分です。

―― 一方で、才次郎は巧佐衛門の娘・英里と相思相愛の関係になっていきます。

 仇討ち以外のところでカタルシスを作りたかったので、恋愛要素はやはり必要でした。仇討ちを果たすためには、愛する英里の父親を殺さないといけない。しかし英里自身にはまったく罪がない。その状況で葛藤する才次郎の姿も、ひとつの読みどころですね。

―― 藩内きっての剣の使い手で、異国人の血を引く美貌の持ち主。それでいてどこか陰のある英里のキャラクターが魅力的でした。

 英里は南蛮人の血を引いているという設定ですが、今でも西洋風の顔つきの方が竹田にはいらっしゃるんですね。数百年経っても外見的な特徴は残るらしいです。まして江戸時代初期ならば、青い目で白い肌の日本人がいても不思議ではない。南蛮人が数多く来航した九州ならではで、他の時代小説にはあまり出てこないキャラクターだと思います。