ACAねが平城京で見つめたもの
「言葉が嫌になることもあります」
ACAねはMCでそう語った。説明を重ねても、言葉は必ずしも同じようには伝わらない。相手の経験やその日の心情によって受け取り方も変わってしまう。奈良時代から現在まで、人間はいまだに言葉を上手に扱えていないのかもしれない。そう思うと少しほっとするという。
それでも、同じ時代、同じ場所で一緒に過ごすことで共通の言葉が生まれる。その場所が今日のここだったらうれしい――ACAねは、そんな思いを口にした。
自分たちは、過去を生きた誰かの積み重ねの上にいる。平城宮跡の土の下には、かつてここで暮らした人々の痕跡が残り、土の匂いや風といった、言葉にならないものもまた身体が受け取る「情報」なのだ。ときおり涙で言葉を詰まらせながら、ACAねはこう続けた。
「君が触れるすべての情報にいつも全力です」
遠くへ逃げても、その先にはまた暮らしがある。そのことに絶望を感じる一方、少しの安心もあるという。もっとこうしたいと考え続けることを肯定しながら、「今は今でオッケー」とも思いたい。ご飯を食べて日々を生き、これからも共に記録していきたい。そんな言葉を残し、ライブはいよいよ終盤へ。
「最後の記録、そしてこれからの記憶です」と告げて、公演2日前に突如ゲリラ配信された新曲「あかねさす頃」でライブを締めくくった。
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この公演の背景には、公式サイトのプロローグで描かれた物語がある。登場するのは、異国からの帰路で「誰の記録にも帰れなかった」遣唐使たち。ずとまよは彼らに、約1300年後の平城京で祭りを開くという続きを与えた。
人が生きた時間を言葉で残そうとするとき、そこには、過ぎていく時間を失いたくないという願いがある。言葉をうまく扱えないことに悩みながら、それでも共に日々を記録していこうと呼びかけるACAねの思いが、およそ1300年前に生きた人々の願いと重なり、今ここにいる我々のもとに届いた。奇跡のような一夜だった。
文/キムラ 写真/鳥居洋介













