小学生男児向けの本選びの悩み——「アフターゾロリ問題」とは?

私も含めて、小学校の中高学年の男児と関わる人には「どんな本なら食いついてくれるんだろう」という悩みがある。親でも、教員でも、司書や書店員、読書ボランティアでも。

そのむかしであれば「絵本から入って幼年童話を読んで、だんだん文字の多い児童文学へ」……といったルートが想定されていたかもしれないけれど、実際その通りに読み進めていく子は、あまりいないだろう。

全国学校図書館協議会「学校読書調査」の結果から、2020年代の小4〜6男子が読んでいるものを挙げるとこんな感じになる。

全国学校図書館協議会「学校読書調査」より/表作成は筆者
全国学校図書館協議会「学校読書調査」より/表作成は筆者
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『科学漫画サバイバル』シリーズのような学習マンガ。
『ざんねんないきもの事典』や『最強王図鑑』『空想科学読本』のような学習図鑑・事典、科学読みもの。
『かいけつゾロリ』や『おしりたんてい』『ほねほねザウルス』のような絵の多い読みもの。
『星のカービィ』や『名探偵コナン』のノベライズ。
『5分後に意外な結末』のような短編集・ショートショート集。

当人が楽しく読んでいるなら全然それでいいのだけれど、大人としては
・ノベライズじゃないものも読んでほしい
・短編じゃなくて長編一冊を読み切った体験をしてほしい
・理科や歴史に関係する本以外にも、物語の本も読んでほしい
等々、いろいろ考えてしまう。

また「学習マンガや『コロコロコミック』は読むけど、文字の本は読まない」という子もいる。

女子は『四つ子ぐらし』や『霧島くんは普通じゃない』をはじめ、新書(ノベルス)サイズで刊行されている児童文庫作品に自然と流れていく。
けれど男子は長編小説を読むとか、シリーズものの長編を追いかけるといった習慣が、ノベライズを除くとなかなか根付かない。

最近は『かいけつゾロリ』をひととおり読んだあとにうまくハマれる作品が見つからない状態を指して「アフターゾロリ問題」などとも呼ばれている。

本人が好きで読んだ経験で、PISA(国際学力テスト)の読解力も上がる

大人からすると「勉強に関係する本を読んでほしい」とか「もっと良い本を読んでほしい」という想いがある。

ただ、そもそも「小学生男児が喜んで手に取る本がない」ことが課題なのだ。
学習要素があっても、内容がすばらしい本であっても、当人が興味を示さず、読まなかったら意味がない。

ついでに言えば、小学生くらいまでは聞き分けがよく、大人がすすめる本を読んでいる子もたしかにいる。しかしそういう子も、中高生になって自我が芽生えてくると、いつまでも大人の思い通りに動いてはくれなくなっていく。

そうなったときでも、「これはおもしろそう」と思って自ら選び、夢中になって読み切った経験があれば、読書に対して良い印象を抱いているだろう。
しかし「本は、お勉強の一環として大人が選んで押しつけてくるもの」「楽しくはなく、やらされるもの」みたいなイメージになってしまっていたら、その後の人生で本に自分から近づこうとはなかなか思えない。

先日、2025年実施分が発表されて話題になったOECD加盟国の15歳を対象とする国際的な学力テストPISAの読解力でも、本人が好きで読んだ経験が重要だということが、過去の調査からわかっている。

大人が決めたのではなく「自分でこの本を読もうと決めた」という自己決定の感覚や、勉強のためではない「楽しみのための読書」をしたかどうかが、読解力のスコアと関係する。また、読書時間の長さよりも、読書に対するモチベーションや、楽しく読んだかどうかのほうが読解力と相関が高い(くわしくは私の本『「若者の読解力低下」というウソ』を参照)。

逆説的な話だが、大人が「これが学びになる」「これが情緒をゆたかにする」と考えてセレクトした本を子どもが渋々読むよりも、大人からすると「うーん」と思うようなものでも、子どもが自ら選んで楽しく読むほうが、読解力向上につながる。

興味があることなら、知らない単語や表現も自発的に調べるから、語彙や知識も身につく。「おもしろかった」という体験が、次の読書につながる。
しかし興味がない本を渡されても、そもそも真剣に読まないから何も身につかない。

なお、短編と長編なら長編、小説以外と小説なら小説の方がPISAの読解の点数にプラスの影響がある。

うんこをネタに、小学生男児のツボを突きまくる

では、どうしたらいいのか。

「本を読まない」というより、冒頭に挙げた私の息子のように「興味があれば読む」(なければ読まない)パターンの子もけっこういる。

ちなみに冒頭に挙げた本のタイトルは『この中のだれかがうんこをガマンしています 爆発寸前!? 5時間目はうんこ人狼の時間です』(あいはらしゅう・作、岩本直樹・絵)だ。長いので以下では『うんこ人狼』と呼ぶ。

©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社
©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社

オリジナルの長編小説である『うんこ人狼』には、「『コロコロ』みたいに、置いておくだけで子どもが勝手に読むような本がほしい」と男子児童に関わる大人が求める要素、つまり男児のアンテナに引っかかるポイントがいくつもある。

今の子たちは、人狼ネタはYouTubeのゲーム実況動画などで日常的に触れていてよく知っている。身近で興味を惹かれる設定だ。

下剤入りプリンを(それと知らずに)食べたせいでうんこをガマンしている小学生6人が、プリンを食べた犯人を捜し当ててつるし上げようという『うんこ人狼』の時間と化した学級会をなんとか乗り切るために四苦八苦する――という、本当にバカバカしい方向に振り切っている。

おならを駆使するゾロリ先生の次をねらうなら、うんこしかない(真顔)。
『うんこドリル』の例もあるように、小学生はうんこネタが好きだ。

『うんこ人狼』は冒頭がマンガになっており、「キャラクターのイメージが頭で思い描けないと小説を読み進められない」という子でも入りやすい。
字も大きく、総ルビだから、早い子は低学年でも読めるだろう。

人狼ものは、ルールやゲームの進展度合いが複雑になりがちだ。
しかしこの作品では、絵や図、フローチャートで説明が入るので、朝読などで細切れに読み進めていっても、話がどこに向かっているのかを見失わないようになっている。
小6くらいになると『変な家』を読む子も増えるが、『変な家』でも同じように、推理の流れを図で整理したり、大事なポイントは太字にしたりと、本を読み慣れていない人でも動画を観るのと近い感覚で読める工夫が随所にされている。
『うんこ人狼』は小学生向けに「読みやすく」「読み切れる」ように作られている。

人狼ゲーム参加者の表などが読解を助ける (『この中のだれかがうんこを我慢しています』より)©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社
人狼ゲーム参加者の表などが読解を助ける (『この中のだれかがうんこを我慢しています』より)©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社

また、小学生くらいまでは、一方的に本を読んでいるだけだと飽きてしまったりする。

そのため、自分で手を動かしたり、考えたりする要素があるほうがウケがいい。

『うんこ人狼』ではあみだくじやクロスワードパズルがある。

まあ、ひたすら「うんこ」と書かせたりするのだが……。

作品全体をつらぬく謎があり、推理の要素もある。

あみだくじの他、クロスワード、絵探し、クイズなど、「文章」以外でも男児の読者を惹きつける工夫がある (『この中のだれかがうんこを我慢しています』より)©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社
あみだくじの他、クロスワード、絵探し、クイズなど、「文章」以外でも男児の読者を惹きつける工夫がある (『この中のだれかがうんこを我慢しています』より)©あいはらしゅう・岩本直輝/集英社
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巻末ふろくとして実際に考案された、3~7人で遊べる、ミニカードゲーム版うんこ人狼もある。本を読み終えたあとでも、読んでいる途中でも、親子や友だち同士、図書館などで遊ぶことができる。

うんこの話をおもしろがれる期間は人生の中で数年しかない

うんこの話だけに急にクソまじめになってしまったが、人生のなかで、うんこをガマンしているときの緊張感を描いたコメディを読みたいと積極的に思える時期は、ごく限られている。

いま『うんこ人狼』を読んでいる男児が、中学生や高校生になっても同じということはありえない。
人間には、年齢や発達段階に応じた興味関心があるからだ。
そしてそれは大人の側が「こうしてほしいな」と思ってもなかなか変えられない部分だ。

小学生男子が興味を持つものは、小学生男子であるうちの一定の年頃の期間しか、心の底から夢中になって味わえないのである。
思春期に突入してしまったら、そういう時代は、もう二度とは戻ってこない。

無邪気にうんこの話で笑えるうちに体験しておくことも、人生のなかでは損にはならない。子どもが大人になって小さいころをふりかえったとき、あるいは親になって子どもと接するようになったときにふと「そういえば、あのときバカな話を読んで楽しかったな」と思い出す、幸福な記憶になると思う。

小学生が夢中になれる、小学生男子だからこそ夢中になる本は、とても貴重なのだ。
だから私は『うんこ人狼』を応援している。