腸内ヴァイロームとは
世界には、案外知られていないこと、というのが数多くあるけれども、知られているにもかかわらずその重要性にほとんど目が向けられないこと、というのも数多くある。
前者は、科学の進歩途上にある現段階ではたくさんあるし、科学者の存在意義というのはその「知られていないこと」を知るためにあるわけだからいい。
一方において後者は、じつに人間的な観点から、先行するイメージとか先入観とか、そういうものが邪魔をすることによって重要性を認識することができない、というものだ。
僕もM教授、H、T教授などと同じくウイルスの研究者だが、M教授のインフルエンザウイルスやHのコロナウイルスとは違い、T教授のミミウイルスのように、ヒトに対する病原性をもたない、言ってみれば「そんなん研究してどないすんねん」と言われかねない(この言葉も、往々にして無理解の産物である)環境ウイルスの研究者だから、常に後者の立場にいると言っても過言ではない。
全く世の中ってのは……いや、ここは愚痴をこぼす場所ではない。
腸内フローラがこれほどまでに注目されている陰で、じつはもっと注目されてしかるべき存在というか概念というか、そういうものが存在する、という話である。
それは、腸内フローラを形成する腸内細菌たちをコントロールする、言わばお目付け役のような存在かもしれないし、そこまでではないかもしれないが、とにかく腸内細菌たちを増えすぎないように調節していると考えられている、腸内ヴァイローム(gut virome)というものである。
ヴァイローム(ヴィローム)というのは、ウイルスの全体(virus + -ome)という意味の言葉で、まさに腸内フローラのように、そこにいるウイルスたちの全体、いわゆるウイルス叢のことをいう。
つまり、地球全体のウイルスたちのありようは地球生態系ヴァイロームであると言えるし、海水に存在するウイルスの全体は海洋ヴァイロームである。
同様に、湖沼ヴァイローム、河川ヴァイローム、土壌ヴァイロームなど、ありとあらゆる環境にはそれぞれ特有のヴァイロームがあり、それぞれのヴァイロームに存在するウイルスの種類や数は異なると考えられている。
そして、僕たちの体内にもヴァイロームがある。
皮膚の表面にも、常在細菌以外にウイルスたちもいて、皮膚ヴァイロームを形成している。口腔内にもウイルスたちがいて口腔(内)ヴァイロームを、肺や気管、気管支にもウイルスたちは常在しているから呼吸器ヴァイロームを、涙腺や汗腺にもウイルスがいて涙腺ヴァイローム、汗腺ヴァイロームなどを作り上げている。そして、腸内ヴァイロームだ。













