闘い続けた20年が、誰かの人生になった

2026年9月10日。青木真也は再び日本の大きな舞台に立った。 

相手は朝倉未来。 

試合を前にした9月7日、青木は自分の20年についてこう語っている。 

「青木真也の試合を見る人に伝えたいのは……2003年からプロ格闘技を始めて、2006年から専業でやって、青木真也を好きになったりとか、青木真也を嫌いになったりとか、いろんな思いがあるはず」 

そして、自分ではなく、青木真也を見続けてきた側の人生の話へと移っていった。 

「もしかしたら青木真也の試合を見て仕事を辞めたりとか、青木真也の試合を見て結婚したりとか、人生の辛かった時期だったり、いろんな隙間のタイミングが本当にあると思う。それが青木真也とリンクしてるんだと思う」 

試合3日前の独白(YouTube『青木真也 [ SHINYA AOKI ] チャンネル』より)
試合3日前の独白(YouTube『青木真也 [ SHINYA AOKI ] チャンネル』より)

25歳の頃に語られた「お客さんとSwingしないと」という言葉が頭に浮かんだ。当時の「Swing」は観客を熱狂させることだった。 

だが20年近くが過ぎ、それはもっと長い時間軸のものになっていた。 

PRIDEを見ていた学生は社会人になった。 
DREAMを見ていた若者は、結婚し、子どもを持ち、仕事で挫折し、大切な人との別れを経験した。 
観客が年を取った分だけ、青木も年を取った。 

「どこの青木真也を見たかわからないけど、2026年9月10日43歳の青木真也を見る覚悟を持ってください」 

そう言い切る一方で、自身の老いをさらす怖さも語っていた。 

「フレッシュじゃない自分を見せるのがとても怖い」 

それでも、「43歳の青木真也の今のベスト」を見せるのだと言った。 

すでにピークを過ぎた43歳の格闘家にとって、衰えていく自分を人前にさらすことには怖さがある。だけど、リングに立つ。その姿に自らの人生を重ねるファンは言う。

「青木真也さんに自分自身を重ねて、目の前の人生を頑張ってきました」

高校時代、「強くなったらモテる」と信じた青年は、気づけば誰かが自分の人生を重ねるような格闘家になっていた。

仕事で折れそうになったとき。 
恋に破れたとき。 
大切な人と別れたとき。
人生のどん底にいたとき。 

リングで闘う青木真也が、「もう少し頑張ってみよう」と思える理由になった人がいた。 

それは、25歳の青木が望んだ「最高にイケてるファイター」の究極の形だったのかもしれない。