「青木真也」をどう終えるのか
試合を終えた青木は、いま「引退」を意識している。試合後、少し日常を取り戻して、引き際と向き合う自らの胸中をnoteに綴っていた。
「そもそも格闘技は強い人がやるものではなく、強さに憧れた人がやるものなのです」
柔道を始めた10歳から、強くなりたい。もっと強くなりたい。その欲望を燃料にして生きてきた。
勝つために練習し、負ければまた強さを求める。そうして競争の中に身を置き続けた男が、いま初めて、その場所から離れることを考えている。
青木自身も、「青木真也の仕事はやり切った」と書いている。一方で、目の前に試合という「人参」をぶら下げられれば、「涎が出て手を出してしまう」とも言う。
終わりたい。でも、まだやりたい。その間で今も揺れている。
「『辞めます』って言うこと自体は、実は簡単なんですよ。でも、10歳から43歳まで33年間、競争の中で生きてきた。練習して、相手と競い合うことが生き方そのものになっているから、それを剥がしていくのがすごく難しい。
正直、今は辞められないこの時間がかなりしんどいです。それでも、ここから離れていかなきゃいけない。そのためには、『引退します』という試合をちゃんとやる必要がある。今の答えはそこですね」
格闘技を辞めるというのは、試合をしなくなることだけではない。毎日練習すること。対戦相手を意識すること。勝ち負けに自分の価値を預けること。青木真也という名前で人前に立ち続けること。33年間かけて身につけたものを、一つずつ自分から剥がしていく作業なのだろう。
だから、引退を口にしながらも簡単には終われない。それは未練というより、これまでの人生そのものから離れていく寂しさなのかもしれない。青木はこれまで、勝つ姿だけを見せてきたわけではなかった。負けた姿も、孤独も、苛立ちも、老いもさらしてきた。そして今度は、「終わっていく格闘家」の姿まで見せようとしている。
43歳の青木真也がいま向き合っているのは、対戦相手だけではない。
長い時間、強さを求め続けてきた「青木真也」を、自分の手でどう終わらせるのか。
その答えを、青木はまだ探している。
取材・文/小谷進平(集英社オンライン編集部)
撮影/松本淳(Peta Photo Studio)















