三つの領域で作品を発表する

辻仁成氏 撮影/大野隼男(CEKAI)
辻仁成氏 撮影/大野隼男(CEKAI)

——小説以外にも様々な活動をされています。

辻 僕はもともとミュージシャンから始めて、引退や中退を繰り返しながら、最近は「歌う詩人」というプログレを始めました。小説、絵など、様々なジャンルの越境をしています。色々やっていく中で、アートと言っていいのか分かりませんが、自分にしかできない表現をいま見つけつつある、という実感があります。

——それはどんなものでしょうか。

辻 小説と音楽と絵画を同じテーマで同じ時期に創作するということを一昨年あたりに思いつきました。それで、8月の三越美術特選画廊での絵画展『鏡花水月』、9月に小説『泡』を刊行し、10月には新バンド「歌う詩人」のファーストアルバム『詠み人知らず』を発表します。

「泡のような世界」という歌いだしの曲があって、この小説の主題歌のような世界観と歌詞なんですよ。

——『泡』の装丁にも辻さんの絵画が使われていますが、今回の絵画と小説と音楽には共通するものがあるわけですね。

辻 ええ。ノルマンディの山の中にアトリエを持っていて、犬と寝泊まりすることが多いのですが、楽器も置いてありますし、小説を書く机もある。絵を描きながら、ギターがあるので歌っていくと、その絵しか見てないから、当然「泡のような世界」が出てきます。小説、絵画、音楽の融合を、芸術的三位一体、と呼んでいます。

「泡」に象徴されるもの

——小説のタイトルが象徴するものはどこから生まれたのでしょう。

辻 子供の頃に、人間は泡のようなものであり、その無数の泡の一つが自分なのだ、と気がつくんです。僕にとって、表現はなんでもいい。言葉にするか、音にするか、絵の具を使うか、そこは技術的なことであって、一番大事なことは、そこに何を封じ込めるか、が問題でした。

——そうすると今回の三位一体となる作品には、とても古いルーツがありますね。

辻 はい。いまパリにいるときは、いつもセーヌ川まで犬と行って「夜のスケッチ」を描いています。それは本当に趣味で、ずっと落書きのように何年も描き続けてきた。川岸に座って眺めていると、そこに都会のビルの光が揺らめいていて、セーヌ川に対岸の光が揺れる。すごく綺麗なんですよ。でも、つかもうとしてもつかめない。

さらには、いま見ているこの光景はその次の瞬間に過去の光景となる。これを、文章、メロディ、絵の具で、一つの世界にしてみたかった。

——『泡』の装画のような光景ですね。

辻 まさしくそうです。ノルマンディでは、普段は荒野の中にぽつんとあるアトリエに住んでいるのですが、夜に犬と海辺に行くと、海に月の影が映っている。昼間なら小川の中に太陽が揺らめいている。手を伸ばしたとしてもそれは幻です。

海沿いの田舎で天候が変わりやすいから、毎日のように虹が現れる。虹を車で1時間くらい追いかけたこともありますが、決してたどり着けなかった(笑)。そういうものにずっとあこがれていました。

フランスではパンデミックでロックダウンも経験したし、戦争も続いていて世の中が終わるのかなと思ったりもした。そういう儚い世界に生きているから、現実なのか、非現実なのかが分からなくなっていく面があるのです。

——移り変わりの激しい時代になっています。

辻 欧州にいると戦争が間近にあるようなぼんやりとした危機感があります。セーヌ川沿いにはたくさんの若者が座っているけれど、僕はその誰ともつながっていない。田舎に行くと、今度は誰一人会わない。この両方を経験しているなかで、現実とは何だろうと思わない日はない。

僕たちは「泡」のようなものの中に、一緒に封じ込められているんだな、と。「泡」という字はさんずいに包むだから、すごいことを昔の人は考えたものだなと思います。

——象徴的なタイトルですね。

辻 「泡」という語のすごさに気づいて小説のタイトルとしました。いま僕たちが生きている、この泡のような世界、こんなに空虚なものの中に人々は存在している。その中で一喜一憂があって、成功のために人を傷つけたりする人、独裁者やならず者が支配する世界。

地球も宇宙もはじける可能性がある中で、いったい自分は何だろうということを考えたときに、表現者として、絵画と小説と音楽の融合が生まれた。ひとつのジャンルではだめなのかという人もいますが、全身100%の表現者として、自分ができる最大の力で、いま感じていることを描いているつもりです。

文/集英社文芸編集部

                         (2026年8月13日 都内にて)

*写真は本文中に言及の絵画展『鏡花水月』の際に撮影されたものです。

泡
辻 仁成
泡
2026/9/4
2475 円(税込)
338ページ
ISBN: 978-4087700596
飲食店で働く〈しゅう〉は、恋人〈アカリ〉と、雑居ビル最上階のプレハブで暮らしている。彼女の様子が最近おかしいことに気づいた〈しゅう〉が思い切って理由を訊いてみると、まったく想像していなかったような、衝撃的な答えが返ってくる。〈しゅう〉は大きなショックを受けるが、その後も謎めいた〈アカリ〉の行動を必死に追っていく。すると、さらに思いがけない展開へと結びついていき……。

大都市の片隅で、真摯に生きる二人を描く、待望の長編小説。
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