両目の下にキラキラのグリッター
1971年、T・レックスがテレビ番組で披露したパフォーマンスは、その影響力の大きさから「グラム・ロック誕生の瞬間」と呼ばれている。
マーク・ボランがT・レックスの前身バンド、ティラノザウルス・レックスを結成したのは1967年。当初は6人組のエレクトリック・ロックバンドだったが、メンバーの意思をまとめる困難さと自分の音楽を自由にやりたいという想いから、バンドはヒッピー風のアコースティック・デュオへと路線変更した。
大きく舵を切ったティラノザウルス・レックスはまずまずの成功を収めたのだが、アメリカ進出に失敗したことから、マークは再びエレクトリック・ギターを手に取る。
それまでパートナーだったスティーヴ・ペレグリン・トゥックを解雇すると、新たにミッキー・フィンをパートナーに迎え、1970年の3月には勝負をかけた4thアルバム『ベアード・オブ・スターズ』をリリースした。
ところがアルバムは思い通りのヒットには至らず、マークは深く失望する。2年後に『ジギー・スターダスト』でスーパースターとなるデヴィッド・ボウイの音楽に直接触れたことで、マーク自身の感性も大きく変化していく。
バンド名を「T・レックス」と改め、心機一転して1970年9月にリリースした1stシングル『ライド・ア・ホワイト・スワン』は徐々に順位を上げていき、翌1971年1月には全英チャート2位まで上昇。
バンドは音楽面だけでなく、見た目においても派手な衣装で着飾ったり、化粧をしたりと、少しずつ変化していった。そんな時に舞い込んだのが、英BBCの人気音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』への出演だった。
1971年3月24日、生放送本番のステージに現れたマーク・ボランは、サテンのスーツを身にまとい、両目の下にキラキラのグリッター(ラメ)を装飾していた。メイクを施したのは、ファッション誌の編集者だったマネージャーの妻といわれている。
グリッター効果は抜群だった。この日歌ったのは2月にリリースされ、バンドにとって初の全英チャート1位をもたらした2ndシングル『ホット・ラヴ』。マークの姿が生放送でイギリス中のテレビに映し出されると、多くの若者たちが衝撃を受けた。
それまで局所的なムーブメントに過ぎなかったグラム・ロックは、この放送をきっかけに全国へと広まっていく。最先端の若者文化の震源地は、アメリカ西海岸から再びロンドンに戻ったのだ。
音楽やファッションだけでなく、思想、SF、世紀末感、ポップアート、30〜50年代のハリウッド女優のイメージなどが融合したこのスタイリッシュなうねりは、ロキシー・ミュージック、ゲイリー・グリッター、スージー・クアトロ、スレイド、スウィートらを登場させた。アメリカではニューヨーク・ドールズがデビュー。あのエルトン・ジョンでさえグラム・ファッションに傾倒していたほどだ。
マーク・ボランはグラム・ロックを牽引するスーパー・スターとしての地位を確立し、半年後の1971年9月にリリースされた2ndアルバム『電気の武者(Electric Warrior)』で全英アルバムチャート1位を獲得した。















