マスコミが語らない構造的問題
修繕積立金の算定も、同様の問題を抱えている。現在の修繕積立金は、同規模の低層マンションの実績から類推して設定されているにすぎない。タワーマンション固有のコストが本格的に顕在化した実例がない以上、その試算がどこまで正確かを誰も保証できない。所有者が毎月払い込んでいる積立金が、将来の修繕費に対して本当に足りているのかどうか、現時点では誰にもわからないのだ。
それだけではない。40階以上のマンションを解体した事例は、おそらく日本にはまだ存在しない。解体費用がいくらかかるのか、誰にもわからないのだ。修繕も然り。直下型地震がタワーマンションに与える影響も、実験データはあっても実際に起きた例がない。
エレベーターが止まれば45階から階段で下りるしかない。火災が起きてもハシゴ車は届かない。スプリンクラーが本当に作動するかどうかも大規模火災で試されたことはない。未知の部分があまりにも多い。
にもかかわらず、エントランスのラグジュアリーな雰囲気、コンシェルジュ、共用ラウンジ、眺望の良さ─そういった「目に見える価値」が購買意欲を刺激し、長期的なリスクへの想像力を封じ込める。
もう一つ、見落とされがちな問題がある。マスコミがタワーマンションのリスクをほとんど報じない、という構造的な事情だ。
不動産会社の中には上場し、メディアのスポンサーになっているところも少なくない。業界で長く仕事をしていると、世間では優良企業で通っている会社が、実態として多くの相談者を苦しめているケースに何度も遭遇してきた。広告費を払っている企業の問題をマスコミが積極的に報じないのは、ある意味で合理的な行動なのかもしれない。
だが、その沈黙のしわ寄せは、情報を持たない消費者に押しつけられる。タワーマンションのリスクが社会的に十分に議論されていない背景には、こうした構造がある、と私は見ている。
文/滝島一統












