「今回も八代さんがお元気だったら、きっとすぐに故郷へ駆けつけて…」
八代ナザレ園は1952年に児童福祉法の適用を受け、社会福祉法人シャルトル聖パウロ修道女会の施設となった。虐待や貧困などさまざまな事情で親と暮らせない子どもたちを受け入れる施設として歴史を紡ぎ、現在は定員36人の児童養護施設だけでなく分園型小規模グループケアや放課後児童クラブなども運営している。
八代亜紀さんは1986年2月6日に初めて同園を訪問、以来、亡くなる年の2023年4月まで、プレゼントを贈るなどして子どもたちとの交流を続けてきた。富田シスターはその思い出の一端をこう振り返った。
「10年前の熊本地震の際も、八代さんはすぐに被災地へ来てくださいました。東日本大震災のときには、八代の特産品である畳を避難所へ届けるため、何千枚もの畳を積んだトラックに自ら乗って被災地へ向かわれたこともあります。
マネージャーさんが心配しても、ご本人は『行く、行く』と言って、すぐに行動される方でした。今回も八代さんがお元気だったら、きっとすぐに故郷へ駆けつけ、力強く励ましてくださったと地域のみなさんがおっしゃいます。それほど八代さんは、故郷の人たちにとって大きな存在でした」
その八代ナザレ園は今回の地震では被害も最小限にとどまり、地域の被災者のために入浴施設を開放しているという。鎌田隆裕園長がこう説明してくれた。
「園内では棚が倒れたり、中の物が飛び出したりしましたが、幸い、子どもにも職員にもけがはありませんでした。水道は止まらず、電気とガスも約2時間後には復旧しました。
その日の夕食こそカップラーメンなどで済ませましたが、翌日からは食材も届き、子どもたちは普段と変わらない手作りの食事を食べています。八代亜紀さんからいただいた卓球台も無事で、子どもたちは地震への怖さはあると思いますが、園ではすぐに普段の生活が戻りました。
その一方で近隣には今も断水が続き、お風呂に入れない方がいます。そこで園に給水所を設け、地震の翌日からシャワーを開放しました。初日は余震への不安もあり、お湯を使う決断ができず、水のシャワーを2か所だけ開放しました。
それでも利用を希望する方が多く、翌日からは子どもたちが暮らす6つの家のお風呂も開放し、計8か所に増やしました。現在はお湯も使えるようにしています」













