疑い深い人間ほど、法医学者に向いている

このように少々特殊な側面をもつ法医学ですが、プロフェッショナルとしては一般臨床医にはない、よい点や有利な点もあります。

第一は、全身・全臓器を診られるオールラウンダーになりえること。一般臨床医は、日常的に自分の領域の病気しか診ません。眼科医であれば眼の病気だけを、皮膚科医は皮膚の病気を専門に診るため、取り扱う疾患が限られます。消化器内科・外科は胃と腸がほぼメインです。

しかし、法医学者は毎回の解剖で全臓器を必ず検査します。頭を打って頭部外傷で亡くなった人であっても、脳だけではなく、肺、心臓、肝臓、小腸、大腸まですべてをみます。なぜなら、司法解剖においては裁判に備えて、死因以外の臓器に「異常があるか、ないか」を明確にする必要があるからです。

たとえば、何者かに胸を刺されて亡くなった人がいるとします。誰がみても「胸を刺されたのだからそれが死因だ」と考えるでしょう。

写真はイメージです
写真はイメージです

けれども、捕まった犯人が「いえ、僕が刺したのはすでに亡くなっていた死体です。脳出血が死因だったのでは? 頭の中は調べましたか?」と言い出したらどうでしょう。

もし解剖していなければ、脳出血の可能性を否定できないため、犯人は無罪になります。よって誰かがその証言の正誤をたしかめなければなりません。

そのために司法解剖があるのです。死体の体を開き、すべての臓器を検証して、「心臓には刺創があり大量出血のあともあったが、脳やほかの内臓はすべて無傷でした」と専門家が証明することによって、司法は正しく次のステップへと進めるからです。

全身を診ることは法医学の大原則であり、だからこそ法医学者はオールラウンダーになれるのです。

「まさかこんなことで死ぬの?」というような思いもよらない原因で死んでしまうことはめずらしくありません。そのような法医学の特性を考えると、素直な人はあまり適性がないでしょう。

むしろ常識を疑ってかかることができる、猜疑心の強い人のほうが法医学の世界には適性があります。

また、人はいつ、どこで亡くなるかわかりませんので、なにによってその死因が引き起こされたかを知るためには、専門知識に加えて、自然環境や政治経済、流行、機械のしくみ、ものづくりの作業工程、動物の習性、家事、資格、賭博、風俗など、ありとあらゆる事柄についても関心をもてる、知的好奇心の旺盛な人が向いているように思えます。