「おまえ一人の人生なんてどうにでも潰せるんだ」
ダンが名島寮を出て間もない69年1月5日午前2時ごろ、墜落した機体は、ブルドーザーを持ち込んだ土建会社の作業員と撤去に賛同する学生たちの手で引き降ろされた。
10月14日早朝、本部、医学部、教養部の前に約4400人の機動隊員が集結した。機動隊は学内に入り、バリケードのなかの学生を力ずくで連れ出す。九大では69年末までに公務執行妨害などの容疑で171人が逮捕(起訴・44人)された。
医学部自治会の委員、中村哲も警察に身柄を拘束されている。
母の秀子が口述した「ペシャワールへの道-7」(※北九州のタウン誌『ほっと&hot』所収)には、
〈推されて医学部自治委員をしていた哲は(箱崎の)福岡東警察署に逮捕された。浩然と前をゆく勉(哲の父)の後から秀子は痛む胸を押えながら燃える舗道を(福岡東警察署の)表玄関へと急いだ〉
と記されている。
中村は、生前、近親者や、心を許した者には逮捕、勾留された体験を話していた。
中村の長女の秋子は、こんなふうに「父から聞いた」と言う。
「取調官に、おまえ1人の人生なんてどうにでも潰せるんだ、と言われたよ。あんな言い方があるか。わたしは完全黙秘をしたが、最後まで戦うと言っていた連中が、捕まったとたん手のひらを返したようにいろいろ喋っとる。あれはいったいなんだろうねぇ」
中村は、勾留中「黙秘権を行使します」と言う以外は口を開かず、23日間を耐え抜き、不起訴処分になったようだ。
文/山岡淳一郎













