ケニアで電子マネーが普及した理由
――永松さんはケニアに関わって30年以上になりますが、移住当時と比べて今のケニアは変わりましたか?
経済力のある人が増え、都会には裕福な層もいます。ただ、田舎は今でも自給自足が当たり前です。そしてケニア人にとって土地を持つことは何より大切で、農耕民は畑を耕し、牧畜民であるマサイはその土地で牛を放牧します。形は違っても、土地なくして暮らしは成り立ちません。さらに老後は必ず田舎に戻るのが“正しい生き方”とされています。
いっぽうで、教育費や通信費など「お金」が必要な時代となり、スマホや電子マネーが急速に普及しました。今ではケニア人は(マサイ族も含め)日本人以上に電子マネーを使いこなしています。
――どうして電子マネーが急速に普及したんですか?
銀行も郵便局もない村では、これまで送金が非常に大変でした。そもそも、ケニアでは銀行口座を持たない人が山ほどいるんです。ところが、電子マネーは携帯番号さえあればやり取りできる。ネット接続すら不要で利用できる仕組みだったため、一気に普及しました。今では生活の必需品になっています。
――電気も水道もガスもない自給自足の村で、どうやってスマホを使っているんですか?
充電は小さなソーラーパネルでしています。村でインターネットは繋がる時と駄目な時があって、もしかしたら風向きによって変わるのかもしれません。調子が良いとYouTubeも観れますが、駄目な時はずっと読み込み中のサインがぐるぐるしています。LINEは重いので、ケニアには不向きですね。ちなみに、ケニアはほぼみんなプリペイド式で、必要な分だけの通話料、データ量を事前に購入しています。
――結婚事情の変化についてもお伺いします。マサイにとって、かつて結婚は“家と家をつなぐ契約”だったと伺いました。
はい、もともとは家と家の結婚が一般的で、「恋愛」という概念自体が存在しませんでした。家同士がそもそも仲良い家族だったほうが、若い2人に何か問題が発生した場合でも両家の介入で問題を収めたり出来るので、利点が多かったんです。末永く幸せであるためには、家族同士がそもそも親しいほうがいいよね、的な感じですので。
――では、恋愛結婚は禁止されているのでしょうか?
いえ、禁止されているわけではありません。今の子たちは学校に通うのが当たり前になったので、そこで出会った相手と恋愛結婚することも増えています。さらに、昔に比べて未婚のまま子どもを持つケースも少なくありません。
――こうした変化の中で、マサイ族内でのジェネレーションギャップは生まれないのでしょうか?
マサイの人たちは本当に目上の人を尊敬しているんです。学校に行っていなくても、長く生きてきた経験や知識は圧倒的で、若者がどう頑張ってもかなわない。
長老がスマホを使えなくても、牛の世話や儀式の知識は若者よりはるかに優れている。そういう“適材適所”をマサイはよく理解していて、それぞれの役割を尊重し合っています。だから世代の違いがあっても対立は生まれません。小さな頃から「長老は何でも知っているから正しい判断をする」という価値観で育っているのですね。
――マサイ族の村で生活をする永松さんがこの先、「こうなりたい」と思うことはありますか?
若い頃のように「あれもしたい」「これもしたい」という欲は、もうほとんどありません。ただ、「これからもずっとマサイの行く末を見届けたい」というのが一番の願いです。私は自分を“歴史の証人”のように考えていて、マサイが望む形で生活できることをそっと支え続けたいと思っています。
ただし、私が主導して変えていくつもりはありません。この20年間もそうでしたが、彼ら自身が主導権を持ち、私はあくまで協力者として寄り添う。そうやってマサイを見守り、サポートしていきたいんです。
また日本の皆さんに対しても、マサイの魅力を伝える講演活動は続けていきたいですね。今年も9月後半から11月にかけて、日本で講演ツアーを予定しています。
そして、人生で最大の目標は、夫のジャクソンが育てている若者世代が、やがて長老になる儀式を見届けること、その瞬間に立ち会うことです。おそらく30年後、もしかするともっと先になるかもしれませんが、そのときは「ミッションコンプリート」と心から思えるでしょう。そのために、とにかく長生きしたい。そして、儀式をやり遂げて安堵したジャクソンの顔を、この目で見たいんです。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班