司祭が、隊員たちが何はともあれ助けたかった「いばらの冠」

ノートルダム大聖堂を守った消防隊員たちの決死の救出作戦。ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』インタビュー_7
ポンプの水圧や、水の確保、そして何より屋根に使われていた大量の鉛の落下など、数々のトラブルに消防隊員は立ち向かうことに。Photo:Guy Ferrandis

──ノートルダム大聖堂の司祭たちと関係者は、建物を守らなくてはいけないけれど、所蔵している歴史的な宝物も救出しなくてはいけない。中でも、イエス・キリストがかぶっていたとされる聖遺物の「いばらの冠」はなんとしてでも助けてくれと依頼し、消防団は難しい作業をしなくてはならなくなります。人間の命を懸けてでも、「いばらの冠」は救出しなくてはいけない文化の重みと象徴として描かれますが、もし、あれが救出できていなかったら、世界は変わってしまったでしょうか?

「『いばらの冠』が本当にイエス・キリストが処刑を受けるためゴルゴタの丘まで、十字架を背負って歩かされた際に、頭にかぶっていたかどうかは、今となっては知りえないことです。けれども、少なくとも、100年以上、エルサレムに保管され、その後、コンスタンチノーブルの皇帝に贈られ、1239年、ノートルダム大聖堂はまだ完成していませんでしたが、聖ルイがパリへと持ち帰った貴重な聖遺物として奉納されます。これが、キリストの『いばらの冠』で、奉納儀式が執り行われ、パリの人々に遺物が公開されました。以降、長い間、キリスト教会では、あれこそが最高に貴重なものだと信じてきました。

十字架の丘へ登るイエスの顔を拭ったヴェールにイエスの顔貌が浮かび上がったと言われる、トリノにある聖ヴェロニカの聖骸布も同じく貴重とされていますが、何度も調査されているように、もしかしたらフェイクなのかもしれない。でも、どちらも、長い間、世界中の人々が祈りを捧げてきた対象物であることには間違いない。こういう答えで大丈夫でしょうか?」

消防隊員たちはヒーローであるけれど、本人たちはヒーローと呼ばれたくない

ノートルダム大聖堂を守った消防隊員たちの決死の救出作戦。ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』インタビュー_8
北の鐘楼での決死のミッションに向かう若い隊員。Photo:Mickael Lefevre

──実際の消火活動には400人もの消防隊員が当たったそうですが、それを受けて、今作も監督は群像劇として、新人からベテランまで同じボリュームで多くの俳優を起用されています。後半、大聖堂の二つのタワーがいよいよ危ないとなった時に、北の鐘楼での消火活動に当たらせてほしいと志願する若い消防士は、子供が見たらみんな消防士になりたいと思うようなスター性がありますが、監督がフランス映画界を支える次世代スターとして期待を込めている人は?

「具体的な名前を一人、二人あげるのは他のキャストに対してもフェアじゃないので言いませんが、今回のキャスティングで僕は、テレビ界、演劇界で活躍している人を積極的に起用しました。つまり、今はまだ、私たちはよく知らないかもしれないけど、フランスではこれから重要な役者になっていくという人たちです。さきほど指摘された北の鐘楼に消火を訴えた消防隊員は、モデルとなった本物の青年にお会いしたんです。

彼をはじめ、今回の消火活動で人生観が変わったとみな、言っていましたね。特に、北の鐘楼に上りたいと志願した彼は、自分の命を投げうってでも、大聖堂の石を守りたいと思ったと言って、僕は泣きそうになりました。そもそも消防団のモットーは、他人の命のために、自分の命を投げだすというものなのですが、今回は人の命ではない。僕が『守ると言っても、ただの石ですよね』と言ったら、彼が『いえ、ノートルダム大聖堂の石です』と言ったんです。キリスト教のシンボルとしてではなく、パリの街の象徴なのだから守らないといけないと。

おそらく、東京や京都で、同じことが起きたら、同じようなことをいう消防隊員が出てくると私は思います。私は、消火活動にあたった若い人たちへの感謝の気持ちがあるからこそ、この映画を作ったわけで、彼らはそういう意味でヒーローなんですけど、本人たちはヒーローと呼ばれたくないと思っているんです。そのことを私はみなさんにどうしても知ってほしいと思っています。モデルとなった若い人たちのエネルギーを反映した作品になったと思っています」

ノートルダム大聖堂を守った消防隊員たちの決死の救出作戦。ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』インタビュー_9
Photo :Guy Ferrandis

私自身は無神論者ですが、それでも聖なる場所には心動かされる

ノートルダム大聖堂を守った消防隊員たちの決死の救出作戦。ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』インタビュー_10
Photo :David Koskas

──最後に、監督にとってはノートルダム聖堂はどういう存在でしょうか?

「実は僕が初めて写真を撮ったのが、ノートルダム大聖堂なんです。7歳の時でした。当時、僕はパリ郊外に住んでいたのですが、毎週、木曜日に母がパリに連れてきてくれて、電車を降りて最初に目に入るのが大聖堂だった。そういう意味で、僕と深い関係のある場所です。

以降、何度もノートルダム大聖堂を訪れました。映画学校に通いつつ、中世史や中世美術史を学び続けようと、背中を押してくれた存在でもあります。

僕は宗教の映画を良く撮るといわれるのですが、自分自身は完全に無神論者です。それでも聖なる場所というものがあるということ、聖なる場所を見て心動かされることは共感しますし、ノートルダム大聖堂の落ち着いた気配や建築物、内部の空間に感服するからこそ、写真を撮り続けてきました。日本へ行って、京都の寺を訪ねたときも同じ気持ちになりますが、世界中の聖なる場所には共通するものがあります。

今は、ノートルダム大聖堂は修復中ですが、もし、その工事が終わりましたら、中庭をお勧めします。4月は桜が咲くんです。初めてのガールフレンドとその庭で哲学とか美術について語り合ったことを今でもよく覚えています」

ノートルダム 炎の大聖堂

ノートルダム大聖堂を守った消防隊員たちの決死の救出作戦。ジャン=ジャック・アノー監督『ノートルダム 炎の大聖堂』インタビュー_11
Photo :David Koskas
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ノートルダム大聖堂の火災を題材に、消防士たちの命懸けの歴史的宝物、建物の救出を時系列に沿って描いたドラマ。

ノートルダム大聖堂の警報器が火災を検知した。だが、関係者たちは誤報と思い込み、放置。だが、大聖堂の屋根裏から発生した火事は、周囲の人々の知るところとなり、事実確認で大混乱が生じることに。最初の消防隊が到着した頃には大聖堂は激しく炎上し、灰色の噴煙が空高く立ち昇っていた。複雑な通路が入り組む大聖堂内での消火活動は難航。貴重なキリストの聖遺物は厳重な管理が裏目に出て、救出に困難を極める。消防士たちはマクロン大統領の許可を得て、最後の望みをかけた北の鐘楼への突入作戦を決行するが。

実際に大規模なセットを炎上させて、全編IMAX®認証デジタルカメラで撮影した映像とVFX映像の融合により、圧倒的リアリティで緊張感たっぷりに描き出した。

監督:ジャン=ジャック・アノー(『愛人/ラマン』『薔薇の名前』『セブン・イヤーズ・イン・チベット』)
出演:サミュエル・ラバルト、ジャン=ポール・ボーデス、ミカエル・チリ二アン ほか
2021年製作/110分/G/フランス・イタリア合作
原題:Notre-Dame brule
配給:STAR CHANNEL MOVIES
©2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION

★IMAX®他全国劇場にて公開中。

『ノートルダム 炎の大聖堂』公式サイト

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